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□与えるのは二者択一ですらない何か。
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「だれっか…だれかぁ…」

右も左もわからないまま綱吉は真っ暗な廃墟の中を走り回っていた。
絨毯が敷かれた廊下を歩いていたはずなのに、いま足の裏にある感触は冷たい石、ただそれだけだった。
苔でも生えているのか時折ぬるりと冷たい何かを踏んだ時は思わずひぃと声を上げた。

来るときとがらりと変わってしまった内装に完全に綱吉は屋敷の中に迷い込んでしまっていた。
ここは地上階ではなかったはずと階段を下りると先ほどいたところよりもさらに真っ暗で陰鬱な部屋へとつながりあわててもと来た道を引き返す。
見えた窓を開け放つとそこは断崖絶壁でまたもと来た道を引き返し階段を駆け下りる。ただただその繰り返しだった。

ほらほら、どこに行くの?
早くしないと捕まえて食べてしまうよ?

どこからともなく聞こえてくる男の声に綱吉の焦りと恐怖がどんどんと蓄積されていく。
誰でもいいから助けてほしくて、ここから出してほしくて、綱吉は声がかすれるほどに助けてと叫び声をあげた。
その声はどこにも届くことはなく、身も心も疲れ果てた綱吉は最後に自分自身を守るために耳をふさぎ、その場に小さく座り込んだ。
どうかだれにも、何にも見つからないようにと。

トリックオアトリート♪トリックオアトリート♪オカシクレナキャイタズラスルヨー♪

ふいに、荒れ果てた屋敷の中にはいささか似つかわしくない高い声が響く。
思わず顔を上げると前方からぱたぱたと黄色い鳥が飛んできた。

「あ…」

安心したのか、ふっと力が抜け、後ろへと腰を抜かす。
思わず伸ばした手に黄色い鳥は差も当然であるかのようにチョンと指先に泊まり、高く、舌っ足らずな言葉でもう一度トリックオアトリートと歌う。

「あげる…お菓子でもなんでもあげるから…助けて…!」

トリックオアトリートと繰り返して鳴く小さな鳥に綱吉は開いた手でポケット手を突っ込み、ありったけのクッキーや飴をさしだす。
ビスケット、ビスケット!嬉しそうに掌のお菓子をついばむ小鳥に綱吉は叫ぶように懇願した。
オレをここから連れ出して、と。

一通りお菓子を楽しんだ後、小さな小鳥はふっと綱吉の指から飛び立ち、ばっさばっさとゆっくりと羽ばたきながら真っ暗な廃墟の中を進んでいく。
元の部屋の近くへと戻ることができたのか、先ほどまでは活気も、生気も感じなかった荒れ果てた廊下はいつのまにか元の赤く柔らかいじゅうたんの敷かれた屋敷の廊下へと戻ってきていた。見覚えのあるデコレーションの横を通り、大広間の階段を下りて、目の前に広がるのは黒いカーテンがひとつ。
階段をすべておりきると、小鳥は役目は終わったとでも言いたげにどこかへと飛んで行った。

「…っありがとう…!」

屋敷の奥へと戻っていく小鳥に綱吉は精一杯お礼の言葉を叫んで勢いよくカーテンを開け放った。
ここを抜ければ後は出口なんだ。
きっともう日は登り始めているはず。
カーテンの向こうから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
きっと明け方を待った風がここまで探しに来てくれたのだろう。
早く心配かけてごめんなさいと謝らないと。
折角誘ってくれた幼いヒバリとアラウディには申し訳ないことをしたと思っている。
だが、今の綱吉の中を占めるのはただ外に出られるという安堵、ただそれだけだった。

ばたばたと短いはずなのに長く感じる広間をかけて、両手でカーテンをつかみ、勢いよくあける。
風さん、オレはここです!心配かけてごめんなさい!
朝露に輝く森の中で綱吉の声が響く…はずだった。

「え、なに…これ…」

力強くカーテンを開けたはずの手が力なく垂れ下がる。
目の前に広がるのは窓がなく真っ暗の、ろうそくが一つだけが灯った部屋の中にある大きなベッド。ただそれだけだった。

つ か ま え た 

ぽん、ぽんと二つの手が同時に左右の方へと置かれる。
びくりとはねた綱吉の方をやんわりと雲雀の右手が撫でた。

「ここまでお疲れ様」
「怖かったね。大丈夫?」
「動けなくなっていたから捕まえようと思ったんだけど、ちょっとかわいそうだって思ったから、ここまで連れてきてあげたよ」

ぱたぱたと消えたはずの小鳥を自らの指の上に迎えるヒバリが笑う。

「あぁ、こんなに震えちゃって。この部屋は少し寒かったのかな?」

ぱさりと自らのマントを綱吉にかぶせ、しっかりと抱きしめるアラウディが薄く微笑む。

「君のいたずらも終わったし、今度は僕たちが聞いてもいいかな?」

絶望に崩れ落ち、座り込んだ綱吉の両耳に二人の男の唇がふれる。
まるで甘い毒を直接頭の中に注ぎ込むように甘く、優しく、妖しく、時折指で涙の伝う頬をなぜながら、ヒバリとアラウディは歌うように囁いた。

トリック オア トリート ?
(痛い快楽と甘いお仕置き、どちらが先に欲しい?)

20120706 再録
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