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□与えるのは二者択一ですらない何か。
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夢の終わりとともに綱吉は目を覚ました。
思ったよりも早く目覚めたのか、長く眠ったつもりだったが、新月の夜空は真っ暗だった。
隣にあったはずのぬくもりがない。
ヒバリとアラウディはいったいどこに行ったのだろうか。
ぼんやりと視線を左右にさ迷わせてみる。
かすかに人が眠っていたしわの残るベッドは冷たくなっていた。
ずいぶんと前に眠った綱吉をおいて寝床を出たのだろう。
正面に視線をやるとぼんやりとオレンジ色の光と二つの影が見えた。
耳を凝らしてみると二人の話声、眠れなくなって二人で温かいものでも飲んでいるのだろうか。
折角起きたことだし、一度声をかけてみようとゆっくりと起き上がり、天釜のベールに手を伸ばす。

「ねぇどうする。綱吉のこと」

アラウディの声にぴたり、と伸ばされた手が止まり、行き場をなくす。
自分のことを話しているのだ。何となくこのままベールを開けて二人に交じるのは気が引けた。

「知らないよ。だってあの子僕たちのこと忘れてるじゃない」
「仕方ないよ。あの子だってまだ小さかったんだから。拗ねていたって何も始まらないよ」
「うるさい」

ちん、とグラスを鳴らし、アラウディとヒバリはグラスに入った赤ワインを飲む。
(それは本当に赤ワインだろうか。グラスに残ったワインのあとの色はやけに濃い)

「きっとあの時の約束も忘れているんだろうね」
「今度会ったらずっとそばにいるって言ったのにね」

ぱきん、と同じタイミングでかわいらしいグラスに入ったミルクキャンディーを一口かじる。
(それは本当に白い飴細工なのだろうか。指先のミルクキャンディーはやけにいびつな形をしている)

「目が覚めたら、あの子帰るっていうのかな」
「嫌だな。せっかく10年たってまた会えたのに」

はぁーと二人してため息をつき、机の上のランタンの炎がゆらりと揺れる。
(気のせいだろうか。壁に映る二人の影がやけに大きい気がするなんて)

(気のせい…じゃ…ない…?)

天釜の隙間から二人の姿を覗き見る綱吉の頬に一滴の汗が流れる。
行き場のなくした手が小さく震える。部屋の中は十分に温かいはずなのに。

「どうしたらあの子はずっとそばにいてくれるかな?」
「僕たちと同じにすればいいんじゃない?お前は精液をあの子に飲ませたし、僕は血をあの子に食わせた。あとは僕たちが血を吸ってしまえばおしまいでしょう?」
(!)

思わず綱吉は自分の喉を静かに抑えた。
アラウディがくれたミックスベリーのキャンディー。
飴ってあんなに淀んで濁った色をしていたのだろうか。
ヒバリが入れてくれたロイヤルミルクティー。隠し味とはあんなにわかりやすく苦味を伝えてくるだろうか。
どくんどくん、鼓動が頭の中から聞こえてくるような気がする。
少し落ち着かないと、二人が気づいてしまう。


「でも、あの子絶対嫌がるよ。最初見たとき僕たちのこと怖がってたし」
「そうだね。なら思い切って殺してしまおうか?そのあとに物置の人形の服を着せてあげようよ。きっと彼に似合うし、きれいなまま僕たちのそばにいてくれるよ」
「そしたらあの子口をきいてくれなくなるじゃない」
「…それもそうだね」

どうしようか、どうしようかな。
困ったようにお菓子を食べながら深夜のお茶会をする子供が二人。
その姿を見た綱吉の顔は完全に恐怖に支配されていた。
何を飲んでいるの?何を食べているの?
君たちはいったい誰?

鏡に映った貴方たちは誰ですか?

二人の後ろにある大きな鏡。
そこに映るのはプラチナブロンドの青年と、黒髪の青年だった。
夜のはずなのに、紫と青の瞳はらんらんと輝き、少し発達しすぎているくらいだった犬歯はきらりと無慈悲に輝く牙になっている。
淡々と話しているはずなのに、影の男たちはにたりと笑っているように見えた。

知られたら、殺される――?
今の二人と目を合わせるのが怖い。
今ならまだ引き返せるだろうか。
音をたてないように布団に寝ころんで、朝まで眠って、二人に普通におはようと言って、そろそろ風さんが迎えに来るから帰りますね、と何も知らないようにふるまえば、二人は仕方ないねと家に帰してくれるだろうか。

早く、布団に、戻らないと、焦りの頂点に達した心と掌が些細な、それでいて致命的なミスを生んだ。
キシ、と小さく音を立てたベッド。
静かな部屋にその音は思いのほか大きく響いたのだ。
ゆらりとランタンの火が揺れる。
ゆっくりとこちらを向く二つの顔。
逆光で自分のいる方向は見えないはずなのに、にっと口をたわめ、笑っているのかわからない眼は真っ直ぐに綱吉の目を射抜いた。
二つの鋭い瞳があまりにも怖くて、綱吉は思わずベッドの隅に後退りした。
ヒバリがゆっくりと天釜のベールをつかみ開け放つ。
逆光のせいか、二人の顔はよく見えない。

「あぁ。悪い子だね。もう目が覚めてしまったの?」
「可哀想に。そんなに怯えて。怖いものでも見たのかい?」

くすくすと確かに笑い声は聞こえる。
二人は笑っているはずなのに、不明瞭なその表情はやけにいびつに見えた。
忘れられないならその眼をなくしてあげようか?
耳元でささやかれたヒバリの言葉に綱吉はひっと小さく声を上げた。
寝る前と同じように髪に触れようとした手を思わず払いのけた。
罪悪感にさいなまれ思わず顔を上げると悲しげに顔を歪めたヒバリと一瞬だけ目が合った。
謝ろうと口を開いた直後、その顔は刹那のうちに獲物を狩る吸血鬼の顔になってしまったのだが。

「オレ、か、帰ります…!お菓子とベッドありがとう、ございました…!」

ベッドの隅まで移動し距離をとり、小さく頭を下げて礼を告げた後に綱吉は勢いよく寝室を飛び出した。

「…どうするの。あの子逃げちゃったじゃない」

お前が怖がらせるから、とアラウディはため息をつく。

「その割には困ったなって思ってないでしょ」

追いかけるの好きなくせにと雲雀が残った赤い液体を飲み干す。

「ねぇ、どっちが先にイタズラする?」
「そんなの決まってるだろ。」
「「先にあの子を捕まえたほうね」」

同時に席を立ちあがった雲雀とアラウディは目の前のろうそくをふっと吹き消した。
瞬間、華やかに飾り付けられていた部屋は荒れ果てて温かさのかけらもない廃墟へと変わる。
淡いオレンジの光が灯っていたキャンドルスタンドの代わりに大きな蜘蛛が這いまわる蜘蛛の巣に、クマのぬいぐるみやお菓子の溢れていた暖色のソファーは真っ二つに割れた黒いソファーと骸骨に、ジャック・オ・ランタンやかわいらしいコウモリの飾られていた廊下にはただ壊れた絵画が床に落とされていた。

「性質の悪いイタズラだね」
「お菓子が甘すぎただけだよ」
「確かに」

さぁ、可愛い子ヒツジを探しに行こうか。ばさりとマントを翻し、ヒバリとアラウディは同時に部屋を出る。右にアラウディ、左にヒバリ、どちらがいとしい子供を捕まえるか競争の始まりだった。
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