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□与えるのは二者択一ですらない何か。
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その日、綱吉は不思議な夢を見た。自分自身の夢だ。
夢の中での自分はまだ5歳にも満たない子供で森の中で一人泣いていたのだ。
おとうさん、おかあさんと時折聞こえる。どうやら森の中で迷子になってしまったようだった。
顔を涙と鼻水でどろどろにしながら小さな綱吉は森の中をさ迷い歩く。
時折ばさばさと木々が揺れる音がしてそのたびにひぃいと小さく縮こまる。
どうやらこの時の自分は相当臆病だったらしい。

いつの間にか真っ白な霧が綱吉を取り囲む。
今度こそ怖くてたまらなくなった綱吉はわんわんと泣き出し、必死に父親と母親の名前を叫び続けた。

「うるさいな。そんなに泣いても周りにはいないんだから意味ないって気づきなよ。咬み殺すよ」
「君のけたたましい泣き声のせいで完全に目が覚めたよ。どうしてくれるの。吊るされて弄られたい?」

そんな綱吉の前に合わられたのは自分より一回りほど年上の少年だった。霧でよく顔は見えなかったがその声色から心底不快そうに綱吉を見つめていることが分かった。
どうにか見えた口元には子供にしては発達しすぎている牙がそれぞれ生えていた。
二人は吸血鬼だったのだ。
普通の子供なら泣いて逃げ出す殺気を惜しげもなく綱吉に浴びせる。
気持ちのいい昼寝をじゃまされて立腹だったのだ。

「何とか言ったらどうなの。言っても許さないけどね」
「それとも何も言いたくない?それでもいいよ。どうせ君はこれから僕たちの食糧n「うわああああああああん!!!!!こわいよーーーーーーーーー!!!!!!たすけてよーーーおにいちゃあああああんん!!!」

トンファーを出した少年が綱吉の首元にそれをあてがい、もう一人の少年が手錠を出そうとしたとき、あろうことか綱吉は目の前の少年に抱きつき大泣きしたのだ。
自分たちに恐れをなして泣くならばともかく、まさか怖いと自分たちに縋り付かれるなんて思わなかった少年はぎょっと顔を強張らせ、思わず持っていた手錠を落とした。

「ちょっとバカウディなにしてるのさ」
「うるさいよ。仕方ないでしょ、これは予想外だったんだ」

うっとうしいな、さっさと離れなよと綱吉に抱きつかれている少年は頭をつかんで綱吉を引っぺがそうとするが、綱吉のほうも負けじといやいやを繰り返し少年を放そうとしない。
じわり、と嫌な湿り気がおなかあたりに広がる。
もしかしなくても綱吉の涙か鼻水だと容易に想像できた。
げんなりとした少年ははぁーっと長いな迷奇をつき、手加減なしにつかんでいた綱吉の髪から一度手を離し、代わりにゆっくりと撫でた。

「…わかった。わかった。わかったから。乱暴しないからさっさと離れて。頭撫でてやってるの分かるでしょ」
「それ、撫でてない。ぐしゃぐしゃにしてるだけ」
「やかましいよ」

少年をからかいながらもトンファーを持っていた少年も手持無沙汰になったからかトンファーをおろし代わりにポンポンと綱吉の背中を優しくたたき、いまだ泣き止まない彼を慰める。
なんでこんなことを…そうぼやく二人の声が聞こえたが、当時の綱吉には座念ながら気に掛ける余裕も謝る余裕もなかった。
辺りを包み込んでいた霧が少しずつ晴れていく。
ようやく落ち着きを取り戻した綱吉はゆっくりと顔を上げて二人の少年を見比べる。
プラチナブロンドの青い瞳の少年と、黒髪の紫がかった夜の色の瞳の少年、同じ造詣の顔が今度ははっきりと見えた。
どちらの口からも異様に発達した犬歯がはみ出している。
これではいくら何でも分かったのではないか。少年二人は互いにそう思う。
逃げたときはその時だ。
さっさと捕まえて食べてしまえばいい。
諦めに似た感情を隠しながら彼らはじっと綱吉のことを見つめ返していた。

「…あ、の…そばにいてくれて、ありがとう」

うっすらと涙が浮かんだ目を嬉しそうに細めて笑った綱吉は少年二人は呆然と見つめていた。

「君、馬鹿?」
「僕たちが人間じゃないってことくらい理解してるでしょ?」
「でもオレが泣き止むまであたまなでてくれたよ?おせなかぽんぽんしてくれたよ?だからありがとうなの」

そういってまるで花が咲き誇ったかのような笑顔を向けられて、気が付くと少年二人は、まだわずかに幼さの残る大きな瞳から涙をこぼしていた。

「…?どうしたの?どこかいたいの?」
「え、なにこれ…」
「ちょっと…見ないで。見たら咬み殺すよ」
「…でも…おにいちゃんたち…かなしそうだよ…」
「うるさい、別に悲しんでなんか…泣いてなんかいないよ。こいつは泣いてるけどね」
「ちょっと何自分だけ逃げてるの?お前も泣いてるんだよ」

涙の理由なんて聞くまでもなく理解していた。意地を張っていたとはいえ、彼らは嬉しかったのだ。
吸血鬼だと知った人間たちは今まで例外なく自分たちを恐れ、自分の身を守るためと平気で死に至るほどの危害を加えてきたものもいた。
自分たちと同じ年代の子供でさえ容赦なく石を投げてあっちへ行けと追い払おうとしていた。
それが小さい子供になったならば泣きわめいて大人を呼ぶものだとそう疑うことなく生きてきた。人間と共存なんて数百年も前に諦めて、互いさえいればいいと世界を完結させていたのに、自分たちよりもさらに小さなこの少年は何よりもまず自分に対する優しさに礼を言い、自分たちの姿をありのままに受け入れたのだ。

初めての感情に戸惑いながらも少年たちの心の中にはある願いが形を成し始めていた。
もっと綱吉のことを知りたい、もっと綱吉のそばにいたい、と。

「ねぇ、君、名前なんて言うの?」
「オレは…ツナっていいます!かあさんはオレのことつっくんって呼ぶよ!」
「そっか。じゃあ君のことはツナって呼ぶね。僕は…、」

プラチナブロンドの少年がまず綱吉に名前を告げる。
まだ幼いからか、それとも少しばかり物覚えが悪いのか、綱吉はなかなかその少年の名前を覚えることができなかった。
5回程名前を言い間違えた後、少し考えるそぶりを見せた少年はじゃあ、アディで良いよ。それなら言えるでしょ。としゅんと落ち込むつなよしの鼻をつまんだ。

黒髪の少年はキョウヤと名乗った。
一生懸命名前を繰り返し覚えようとする綱吉に僕が本名を教える人間は君が初めてなんだから心して覚えなよと凄んで見せて、ぐに、と少しだけ強く頬を引っ張った。

仕方がないから君の親が見つかるまで遊んであげる、キョウヤの言葉を皮切りにそのあと両親が来るまでずっと綱吉は、アディ、キョウヤと遊んでいた。
かくれんぼをして二人で隠れているすきに、キョウヤが綱吉にイタズラにキスをしたり、鬼ごっこをして鬼役のアディが綱吉を捕まえるふりをして押し倒して擽られたりと少々のいたずらもされたが、綱吉はその時一人ぼっちの孤独感アドすっかりと忘れ三人の時間を楽しんだのだ。

そのため、奈々が綱吉を迎えに来て家に連れて帰ろうとしたとき、綱吉はもっと彼らと遊びたいとわんわん泣いた。
綱吉のわがままにこまったわねぇ、と笑う奈々にキョウヤとアディは僕たちはずっとここにいるからまた遊びにおいで、待ってるよ、そして奈々に聞こえないようにもう一言だけ約束を告げて、綱吉の両手にそれぞれがキスをしてなだめたのだ。

また遊ぼうね、ばいばい!最後はそういって笑顔で別れることができた小さなころの記憶の破片である。
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