戦国夢短編

□我を侵すは甘き毒
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「――官兵衛殿の髪、すごく綺麗ですね」



…この者はいつも唐突だ。ふとした瞬間に突発的なことを発言する。現に今も、意味の解らぬことを口にしながら私を見て笑んでいる。

しかも、この宴の真っ最中にだ。

いくら他の者が談笑し、酒に酔い潰れているからといい、この者にしてはらしくない事この上ない。



「……意味が解りかねるのだが」

「そのままの意ですよ。官兵衛殿の髪、日に当たると透き通るように輝いてて、すごく綺麗です」



そう言いながら、里桜は更に笑みを深める。

まさか酒にでも酔ったのだろうか。この者は己を自制し酔わぬ程度にしか酒を摂取しないはず。
もしや、半兵衛辺りに無理矢理飲まされ、酔わされたのやもしれぬ。

普段は白く、それでいて健康的なこの者の頬は、仄かに赤く色付き、微かに焦点の会わぬ瞳は潤んでいた。

そして同じようにしっとりと潤っている唇は薄く開き、恐ろしいほどに官能的で、私は慌てて目を逸らした。


……だが、里桜はそんな私の背後に回り込むと、断りもなしに軽く結い纏めている後ろ髪に触れてきた。



「……こら」

「やっぱり…思ってたとおり官兵衛殿の髪、サラサラですね…羨ましいなぁ」



まさか触れられるなど思いもしなかった私はピクリと微かながら身体を反応させたが、それを悟られぬように小さく叱る。
普段私に対して消極的である里桜にしては大胆な行動だ。

…いや、それ以前に私は自分自身に驚いていた。本来なら私は、他者との接触は愚か、触れられるという行為を酷く嫌っていた。

それが今、どうだろう。
この者に髪を触れられているというのに、己は振り払うどころか好き勝手にさせている。それどころか、心地良さまで感じる始末だ。

…実に己らしくない。私までもが酔ってしまったのか、それとも…。



「――卿に毒されたか…」

「ぇ?何か言いましたか?」



悟られぬよう小さく呟いたつもりだったが、この者の耳には届いてしまったらしい。
私はそれをはぐらかすように酒を煽った。



――この身が卿という毒に侵されゆくというのなら、それもまた…一興なのかもしれぬ。



fin...
 

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