三月
□花
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好きな場所がありました。
そこはたくさんの花に囲まれた、綺麗な庭でした。
「暇だな…」
僕はふよふよと空を浮遊しながら暇を持て余していた。
奥村燐を覚醒させようとしたあの日から、兄上から「候補生に近づくのは禁止」と言われ、しかしこのまま虚無界へ帰るのも勿体ないと思ってまだ僕はこの世界にいる。
しかし、こちらはうんざりするほど退屈だった。
夜にならないと悪魔に混ざって悪戯ができないし(まぁしたらしたで兄上に怒られるが)、何よりも居心地が悪い。
地の王である僕にとって、木々を切ってそこに家や店を建てる人間の行為が気に入らなかった。
おかげでこの世界の地を踏む気にはなれない。
しかし、ずっと宙に浮いているのも疲れる。
どこか休まるような場所はないものか。
「ん?」
ふと、花の香りがした。
しかも緑男の気配も感じる。
「近くに何かあるのかな?」
僕は試しにそこに行ってみることにした。
花の香りがする場所へ向かうと、そこは見渡すかぎり植物でいっぱいの綺麗な場所だった。
空気も他の場所よりきれいで、とても心地いい。
すると、遠くの方に人がいることに気づいた。
近づくと、着物を着た少女が一生懸命花の手入れをしている。
しかし彼女はこちらに気付いていないようだ。
「何をしているんですか?」
声を掛けてみると、少女は短い悲鳴をあげてこちらをすぐに見た。
その顔を見て思い出した。
この娘は僕がお嫁さんにしようとした人だ。
「だ、誰ですか!?」
その少女は目を見開いてあとずさった。
どうやら僕のことは覚えていないらしい。
「僕は地の王アマイモンです。ここは貴女の庭ですか?」
忘れられているのは少し気に入らないが、それよりも庭が気になっていたので訊ねてみる。
「あ、え?えっと…は、はい…」
「その手にしている花は?」
僕は少女の手のなかにある萎れた花を指差す。
「え?…あ、これですか?このこ、少し元気が無いから場所を移してあげようかと思って…」
少女はそう言うが、その花は根が弱っているので場所を変えても回復はしないだろう。
「場所を移しても無駄だと思いますよ。根が弱っていますし、恐らくもう回復はしません。」
少女は驚いたような顔をして根を確かめてから、「でも、また元気になるかもしれませんし…」と返す。
何故、「元気になるかも」と言えるのだろうか。
不思議でならない。
「いくら手入れをしても無駄だと思いますよ。そんな花、早く捨ててしまえば良い。」
「そんなことない!!」
少女は怒った顔でこちらを見ながら叫んだ。
「丁寧に手入れをすれば、きっと元気になってくれます!捨てるだなんて…そんな酷いこと言わないでください!!」
あまりの気迫に僕は思わず息を呑んだが、何故この少女はそんなにも怒るのか。
理解できない。
だが、とりあえず謝っておいたほうがいいだろう。
「し、失礼しました…」
僕の謝罪を聞くと、少女は再び作業を開始した。
機嫌を損ねてしまっただろうか?
「…その花、元気になればいいんですか?」
なんとなく聞いてみると、少女はこちらを少し怪訝な目で見る。
「はい…。どうして?」
僕は何も言わず、手を花の前に差し出す。
「僕は怒られるのが嫌いなので。」
そう言いながら花に力を送ると、先程まで萎れていた花がみるみる回復し、いきいきと花びらを広げた。
「えっ!?」
少女は驚いた目で花と僕を交互に見る。