ナナイロ

□見上げる幸せ
2ページ/4ページ


「ぅあ! 時間は!?」

突然、前のめりになって彼が言った。

「ひゃ!? …ああ、あっ! マズイですー!」

慌ただしく会計を済ませ、店を出た。

店の外は、相変わらず沢山の人々が行き交っていた。

「走るぞ、ハル。」

彼が、振り向きながら言った。

「はい! あっ?」

不意に、右手を引っ張られた。

そのままの勢いで、身体ごと引っ張られて行く。

「ええ?」

突然の事で、一瞬何が起きたのか分からなかった。

自分の右手を、誰かが握ってる。

その手の先には、人混みの間を縫うように走る彼の背中が見えた。

(あ、山本さんが、手を引っ張ってくれてるんだ。 凄い、こんなに走るの速いんだ…。)

自分で体験した事の無い、速さに驚いた。

人が、凄い速さで通り過ぎて行く。

それなりに、運動神経には自信があったけど、これが彼の視ている世界なのかと感心した。





発車を知らせるメロディーが鳴り響くなか、電車に飛び乗った。

乗り込んだと同時に、ドアが閉まる。

「はー、はー、な、何とか間に合ったな。 ハル、だ、大丈夫か?」

「はー、はぁー、…はい、何とか。」



二人して、肩で息をしてる姿を見て、どちらからでもなく笑いあっていた。

乗り込んだその車両は、ほぼ満員状態で、先程までの全力疾走の名残の、汗ばむ肌が気になって仕方無かった。

出来るだけ、彼に触れないようにと、気を配っていた。



「しっかし、混んでんなー。」

目の前に立つ彼は、車内を見回していた。

彼の、背の高さは勿論、知っていたが、この距離で見ると一段と高く見えた。

(はー。 山本さんって、本当に背高いんだぁ。 近くだと、こんなに見上げないと顔見えないや。)


「ハル? 大丈夫か?」

「はい?」

「あ、いや、何だかボーとしてたから、その、具合悪いのかと思って。」

「全然。 大丈夫ですよ。」

「そっか。 なら良いんだ。 俺が、店に入りたいなんて言ったから、結局、走らせる羽目になっちゃってさ。 ごめんな。 立ってるの辛かったら、俺に寄り掛かってていいからな。」

「えっ!? だ、大丈夫ですってば。 一休み出来て良かったですし。 それに、わたし、そんなにか弱く無いですから。 どっちかって言うと、体力には自信有るんですよ!」

胸の前で、小さくガッツポーズをしてみせた。

見下ろす彼が、ニカッと笑っていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ