ダイヤモンド

□君と紫陽花
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少し前から、傘に当たる雨音が大きく、間隔も短くなっていた。

あっという間に、それまでの傘の必要性を疑うような小雨は、本降りになっていた。



「うわ〜。 本格的に降って来ちゃったな。 そういや、天気予報も、降るって言ってたもんなぁ。」


傘をさしているとはいえ、自転車に乗りながらでは、濡れていないのは頭ぐらいだった。


(やっぱ、家に居ればよかったなー。 あ〜あ。 ビショビショだよ。 でも、今更戻ってもなぁ。 …とりあえず、店まで行くかー。)



空のように、どんよりとした気持ちを引きずりながら、重い足取りでペダルをこいでいた。

自転車でなら駅までもう少し、という距離の所で突然、視界に鮮やかな色彩が飛び込んで来た。



雨で霞む景色の中で、その一角だけが生き生きと色付いていた。



(へぇー。 こんな所に、こんな大きな紫陽花があったんだぁ。 滅多に通らないから、知らなかったな。 やっぱり、季節の花は綺麗だね。)


紫陽花に目を奪われながらも、その場を通り過ぎようとした時だった。

そこは、自販機が幾つか並んでいて、赤いビニールで出来た簡単な屋根が付いていた。

紫陽花の陰になっていて、今まで見えなかった場所に、一人の少女が佇んでいる事を知った。



「あ。」


考えるよりも早く、手はブレーキを強く握り締めていた。

危うく、転びそうになるのをどうにか両足で踏ん張って、バランスを立て直した。

そして、もう一度道を挟んだその場所に目をやった。



そこには、夢の中でもいいと思うほど、もう一度逢いたいと願った人の姿があった。


(ウソ。 本当に!? …俺、幻でも見てるのかな? でも、居るよね、あそこに。)



暫くの間、ボンヤリと、ただ眺めていた。

傘を打つ雨音だけが、絶え間無く聞こえていた。



雨に濡れた紫陽花に抱かれるように、彼女が色を纏っていた。




「…!」


それまでの、流れを止めていた時間を再び動かしたのは、道の向こう側に居る彼女だった。

その彼女が、ジッと此方を見詰め返していた。


(はっ! 俺の事、見てる!? ど、どうしよう…。 そんなに俺、見てたかな? 気持ち悪いとか思われてる!?)


どうしていいか分からずに、その場でオロオロしていたら、道の向こう側から声を掛けられた。



「あ、あの、違ってたら、ごめんなさい。 西浦の野球部の人、ですよね?」

「は、はい! そうです。 …あ、俺の事覚えてた?」

「うん。」


道の向こうで、彼女が大きく頷いた。
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