ダイヤモンド
□舞い降りるもの
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いつ頃からだったっけ。
それぞれ、お互いを名字で呼ぶ様になったのは。
いつからだったっけ。
お前が、俺から目を逸らす様になったのは。
いつが最後だったっけ。
お前の笑っているところを見たのは。
真っ白い雪に、何もかもが覆われた、モノクロのあの日。
俺の言葉も、お前も、静かに降り積もる雪に消されてしまいそうだった、あの日。
あの日の言葉は、お前に届いたのだろうか?
高等部の新しい制服に袖を通す。
「今日から、高校生、か。」
エスカレーター式での進学ということもあって、別段、浮かれた気分にもなれず、それまでの中学時代との違いも感じる事は無かった。
ただ、制服が新しく変わっただけだった。
そう、ただそれだけ、だった。
家を出ると、向こう隣に住む幼馴染みも申し合わせたかのようにちょうど、門から出てきたところだった。
「あ、叶。 …はよ。」
「…よう。」
自分と同じく、真新しい制服に身を包み、長い髪を二つに三編みにした彼女は、改めて、俺の頭のてっぺんから爪先までジックリと眺めた。
「ふーん。」
「何だよ。」
「見慣れないから、やっぱり、変な感じ。」
「お前も、だろ。」
「何よ〜。 …ま、でも、そうなのよね。 実際、慣れて無いからなぁー。」
身を軽く翻し、彼女が歩き出した。
それに、つられる様に歩き出す。
先に歩き出した彼女には、すぐに追い付いた。
彼女の歩く速さに合わせて、いつもよりも、ゆっくりと歩く。
隣に並んだ彼女は、その事に気付いた様だった。
「先に行けばいいじゃない。」
「何だよ。 せっかく、お前に合わせてやってるのによ。 可愛くねぇーなぁ。」
「べ、別に、頼んでないじゃない! それに、叶に可愛い、って思われなくたって、構わないもん。」
「本当に、可愛くねぇーぞ。」
「ふん。 可愛くなくて結構です。」
「おい…。 お前さー、高校生にもなってそれは、恥ずかしいだろ。」
「もう! うるさいわね。 …叶のバカ。」
ぷいっと顔を背けると、彼女は早足で歩き出した。
「おいおい、…バカって、何だよそりゃ。 何だぁ? 機嫌わりーな。」
追い付く気になれば、すぐにでも追い付けたが、さすがに少し面倒になり、そのまま、ほっといてみた。
彼女は、速度を緩めることなく歩き続け、彼女との距離は徐々に開いていった。
追い掛けようかどうか、考え始めた時に、不意に前方の彼女が立ち止まった。
(あれっ? どうしたんだ? 俺が、追い掛けて来ないから、待ってるのか?)
歩く速度を少し速め、彼女の元へと向かう。
追い付いても、彼女は立ち止まったままだった。
「おい、どうした?」
俯きがちな、彼女が言った。
「…今は、こんなに慣れないのに、そのうち、これが当たり前になっちゃうんだよね。」
「はぁ? 何言ってんだ? 当たり前だろ。 …大丈夫か、お前。」
「…この間までは、レンレンが居るのが、当たり前だったのに。」
「!」
彼女の一言が、胸に突き刺さる。
痛みが、心に閉じ込めたはずの記憶を呼び起こす。
この制服を、初めて見た時に思った事。
廉が、この制服を着ることは無い、という事。
これからのチームには、廉が居ない、という事。
廉に敵わないまま、廉が棄てていった場所を目指さなければならない、悔しさ。
そして、友達として別れられなかった、寂しさ。
想いが、あの日の雪景色と共に蘇る。
「…」
「…叶? あっ、ご、ごめん! あたし、変な事言っちゃったね…。 うわっ! ヤバいよ、このままだと遅れちゃう!」
黙り込んでいた俺を心配そうに見詰めたあと、何かを察した彼女が謝った。
と思ったとたん、ふと時計に目をやった彼女が驚きの声をあげ、急に俺の腕を掴んで早足で歩き始めた。
「お、おいっ。」
「ごめんね、叶。 これから始まるんだもんね。 新しい生活が。 …レンレンだって、さ。 あたし達も負けない様に、頑張んなくちゃね。」
真っ直ぐ前を見たまま、俺の腕を引っ張りながら歩く、小柄な幼馴染みを見詰めた。
「…ああ、そうだな。」
(瑠里も…。 そうだよな、一緒に居たんだもんな。 寂しいよな。 俺も、廉が居ないのが寂しいよ。 …いつか、あの頃みたいに、ガキん時みたいに、笑って話せる時が来るのかな。)