ナナイロ
□冷めない雫
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それでもやっぱり、あなたの事が好き。
・・・例え、叶わない想い、でも。
勢い良く、廊下を走る足音がする。
ふと、気になって扉から顔を出してみた。
見慣れた後姿が、廊下の曲がり角へと消えて行った。
(あ、ツナさん。 あんなに急いで、何処に行くんだろ。)
煮込んでいる鍋が、コトコトと音を立てている。
(あー、お鍋火に掛けてるんだよね。 どうしよう・・・。 でも、ちょっとだけ。)
好奇心に勝てず、途中ではあったけれど火を止め、足音が消えて行った方へと、後を追った。
ちょっとした探偵気分の追跡は、すぐに終わりになった。
曲がり角の、すぐ先の廊下の交差している所で、彼の姿を見つけたのだ。
「ツナさ−」
掛けようとしたその声を、慌てて呑み込む。
そして、目の前の光景に、反射的に身を隠す。
彼と、京子ちゃんがそこに居た。
床に散らかった洗濯物に囲まれて、二人が微笑み合いながら何か、話していた。
たぶん、誰が見ても幸せそうなと、表現するであろう雰囲気で。
そんな二人を目にして、咄嗟に隠れてしまった自分が哀しかった。
隠れる必要なんて、無いはずなのに。
普通にどうしたのって、声を掛ければいいはずなのに。
たった、それだけの事が出来なかった。
幸せそうな、優しい彼の眼差しに、胸が締め付けられる。
それは、どんなに望んでも、決して自分に向けられる事の無い、眼差しだったから。
夢の中なら、その眼差しは自分にだけ、向けられていたけれど。
そう、夢の中、なら。
そっと、二人に気付かれないようにその場を後にする。
胸に過ぎるのは、後悔だけだった。
(何で、後なんて、つけちゃったんだろう。 あのまま、キッチンに居れば、二人のあんな所、見なくて済んだのに・・・)
視界が、霞んでゆく。
キッチンに着いて、コンロの上の、鍋に目が留まる。
彼に、喜んでもらえるか、考えながら作っていた、それまでの事を思い出す。
今まで、堪えていた涙が零れた。
解っていたはずだった。
彼が、誰を好きなのか。
それでも、こんな状況だからこそ、前だけを見て、彼の、皆の為に出来る事を、しようと決めたはずだった。
それでも、あんなに幸せそうな彼の顔を見てしまったら、胸に押し込んでいた感情を、抑える事は出来なかった。
次から次へと、溢れてくる想いが、涙となって零れて行った。
どれ位、そうしていたのだろうか。
流した涙と比例する様に、気持ちは徐々に落ち着いて行った。
(・・・あ、そうだ。 お鍋、途中だったんだ。 時間は? 良かった、まだ間に合う。 ちゃんと、仕上げなくっちゃ。 このままにしちゃったら、勿体無いものね・・・)
再び、コンロに火を点ける。
冷めかけていた、料理を温めながら、思う。
どんなに想っても、彼には届かない。
彼には、京子ちゃんがいる。
京子ちゃんも、きっと・・・。
それでも、彼の事が好きだという気持ちは、変わりそうもない。
この料理の様に、冷めかけていた気持ちも再び熱くなるのだろう。
−いっそ、冷めてくれたら楽なのかもしれないけれど−
なら、せめて、伝わらない想いを料理に込めよう。
ありったけの、気持ちを。
彼に、美味しいと言って貰えるように。
「ツナさん、味はどうですか?」
〈Fin〉