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□何気ない幸せ
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とある日の昼下がり、今日は朝から天気が良く外からは元気に遊ぶ子供たちの声や、かわいらしい小鳥のさえずりが聞こえ、実に穏やかな時が流れている。
ふと、読んでいた本から目を離し俺の膝の上でスーと寝息を立てるハビへと目を向けた。
少し伸びたカールに指を這わせてゆっくりと撫でるとハビの口がむにゃむにゃと動き、それは小さな子供のようで俺はクスっと笑った。

2020年 世界選手権を最後に現役を引退した。それからはあちこちからコーチへの依頼やスポーツキャスターなどの依頼がきたが自分が引退した後どの道へ進むか、ずっと前から決めていたことはただひとつだった。それはスペインに住み大切な恋人とスケート教室を開き穏やかに暮らすこと。現役中では縛られていたプライベートの時間を今ようやく掴むことができたのだ。

「ハビ〜。そろそろ起きなきゃ、準備しないと教室に遅れちゃうよ」

「うーん…まだ、もうちょっと…」

ハビは俺の腰にがしっと腕を回しお腹に顔を向けて駄々をこねるように首を振った。

「ちょっ…!ハビ!くすぐったいからやめて」

再び俺の膝の上で寝る体制になったハビをどうにか起こさないといけない。今日も子供たちがスケートを教わるのを楽しみにしているのにコーチ2人が遅刻なんてありえない。こうなったら心を鬼にしてハビを起こそうと思ったが、たまには違った起こし方もいいかなといたずら心が湧いた。

俺は顔をハビの耳元に近づけて囁くように言った。

「ね、ハビ、起きて、起きてくれなきゃ寂しいよ…」

自分でもどこから出したんだと思うぐらい甘えた声でそう囁きハビの頬へと口づけをした。

その瞬間、パッと目を開いたハビがゆっくりと起きあがり俺の頬を撫でながらとろけたような目でみつめてくる。
「ユヅ…寂しかったならはやくそう言ってよ。今からいっぱいしてあげるからね」

甘い低音ボイスでそう言われて優しく微笑まれればついポッ…と見惚れてしてしまう。俺の身体をソファに倒そうとするハビを慌ててとめた。危ない、流されるところだった。

「そうじゃないそうじゃない!ハビ、ダメだから!今から教室だって言ってるでしょ!」

ソファの上で三角座りをしてあからさまにふてくされているハビを準備させるのは一苦労だ。ジーっともの言いたげに見てくるハビにしょうがないかと俺も心を決めた。惚れたものの弱みだ。

「ね、ハビ!夜はいっぱいしていいから…機嫌直して。なんでもしていいから…ね?」

まるでその言葉を待ってたかのようにハビの目は輝きだした。

「約束だよ、ユヅ!実はユヅに絶対似合うモノを買っていたんだ!」

ゴソゴソとクローゼットの中から出してきたのはピンクの箱。ハビが箱の蓋を開けると中には小さな鈴がついた革製の赤い首輪、ふわふわとした黒色の猫耳カチューシャに同じく黒色のふわふわしたしっぽ、その先にはゴツゴツしたイボのようなものがたくさんついた……大人のおもちゃというやつか…。唖然としながらハビを見るとニコッと笑い教室のための身支度をし始めた。
「楽しみだなあ〜」
ルンルンと鼻歌が聞こえてきそうなほどのハビに少し呆れながらも、心のどこかで今日の夜を楽しみにしている自分もいる。

今日の夜は俺も頑張るんだからハビにも教室では頑張ってもらわないとな。生徒の前で4回転アクセルを飛んでもらおうかなと考えながらご機嫌なハビの背中を見つめ、ハビと一緒に過ごせる穏やかな日常の幸せを感じた。
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