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□キスマーク
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ハビエルは口元にさらさらと何かがあたる感覚で目を覚ました。淡い花のような心地よい香りが鼻を打ち、それが結弦の髪だとすぐに分かった。匂いをスンっと吸い込みながら、その柔らかな髪にそっとキスをする。一瞬、小さな頭がビクっと動いたが結弦は何も言わずにハビエルの胸元に唇を寄せハムハムと吸い付いている。
「ユヅっ…くすぐったいよ」
まだ寝起きのぼんやりしている中でハビエルは笑いながら優しく結弦の頭を撫でる。一体どうしたのかと反応を待つが結弦はハビエルの胸元に顔を埋めたままだ。いつもは恥ずかしがってハビエルにキスや甘い情事のリードを任せている結弦が自分から行動するのは珍しかった。
この時結弦には密かに立てていた計画があり、ハビエルの反応を気にすることもなくそのために集中していたのだった。

結弦が計画していたこととは…


***

スペインとカナダで遠距離恋愛中の俺たちは昨夜、数ヶ月ぶりに逢い、今までの寂しさを埋めるように激しく身体を求めあった。
生まれた姿のままシーツの中でハビの逞しい腕に抱きしめられ、甘い快楽の余韻と共に眠りについた。そして朝、ハビより先に目が覚めた俺は久しぶりに感じるハビの腕の暖かさと触れ合う肌の心地よい感触を感じながら恋人と過ごせる幸福感に浸っていた。そんな時俺はふと、しなくてはいけないことを思い出したのだ。

現役を引退してからスペインでフィギュアスケートの活動を広げているハビ。スペインではスケートはマイナー競技だけれどハビ自身の力とこれまでの努力でハビの冠ショーは大成功し仕事の幅も広がっていることは恋人の俺もすごく嬉しい。
だけどやっぱり寂しくて、離れているからこそ不安な時もある。
スペインにはハビ好みのセクシーな美女がたくさんいるだろうし、ハビは元々は女の子が好きだから今までたくさんの子と付き合ってきたのも知ってる。俺がクリケットクラブに来たてのころも女の子といちゃいちゃしてたとこも何度も見たことある。あまり思い出したくないけど…。
今ハビが俺にすごく夢中になっているのはハビの甘い言葉や行動で愛されてるのは分かるけどふとした時に不安になることもあった。メッセージやビデオ通話を欠かさずしていても会えない寂しさは埋まらない。

ハビに会えない悶々とした日を過ごしながら大会に向けて練習に集中しようしていたある日、ベンチでスケート靴を履いてる時に聞こえた話し声に耳が反応した。

「ちょっと!それキスマークじゃない?」
「本当だ!昨夜は激しかったの?」
「からかわないでよ。彼いちいち見えるとこにつけるの。注意してもやめないのよ。僕のしるしだって」
「いいじゃない。あなたもそんなに嫌そうに見えないけど?」
「まあ嫌じゃないかも。愛されてるって感じるし」
きゃっきゃっとガールズトークで大はしゃぎの女の子たちは近くに座っている俺の存在にすら気づかず話しに花を咲かせている。

( キスマークね…。キスマーク…!)
そこで俺はピンときた。ハビの身体に俺のしるしをつければこの寂しさのようなモヤモヤした感情は少しは解消されるかもしれない。

数週間後にはハビも短期間のコーチとしてしばらくカナダに滞在する予定だ。その間にキスマークをいっぱいつけよう。

やると決めたらやる!
俺はその日の夜さっそくキスマークはどうやってつけるかひたすら自分の腕を吸って練習に専念した。


****

そう、キスマークをつけるのだ。
ハビの腕の中でそのことを思い出した俺は目の前のハビの胸板の少し上へと顔を向け鎖骨の下あたりの皮膚を唇でハムっとはさみちゅうっと吸ってみた。
「ん…どうしたのユヅ」
寝起きということもありいつもより低い声で俺の髪をするすると優しく撫でてくるハビ。その声に胸が高鳴るが今はただひたすらキスマークをつけることに集中する。

ほんのりとピンクの跡が残っただけで数分後には消えてしまいそうなほど薄い。
「んーっ…んっ」
「ちょっ…ユヅ…くすぐたっいよ」
ハビはくすくすと笑っている。なぜか余裕たっぷりのハビに少しムッとしながらもそのまま気にせずに痕をつけようとするが、自分の腕で練習した通りにつかない。

「なんで…!全然つかない〜〜!」
「ユヅ、さっきからどうしたんだい」
ここじゃだめなのかな。筋肉だらけだからつかないのかな。そうだ、キスマークはよく首についてるから首なら皮膚も薄いからつきやすいのかもしれない。

俺はハビの首付近に顔を動かし噛んでは吸ってを何度か繰り返し、そしてようやくハビの首に濃いキスマークをつけることができた。

「やっとついた!キスマーク!うわっ」

満足して油断した瞬間、ハビに一瞬で体勢を逆転され仰向けに寝かされていた。目の前にはニヤニヤした顔のハビがいる。
「ユヅはキスマークつけたかったの?」
「うん…そうだよ、悪い?」
まじまじとそう言われると照れてツンツンしてしまう。

「いや、すごく嬉しいよ!ボクもユヅにつけてもいいよね?」
「え?」
ハビの顔が俺の首に近づく。何度もハビと身体を重ねていくうちに少しの刺激だけで反応していまうよう変えられた身体はハビの熱い息がかかるだけでゾクリとした感覚が背中をかける。俺の首筋をゆっくりとハビの舌が舐めていきくすぐったさに身をよじろうとするとハビの大きな左手に両手首を束ねられそのまま上に持っていかれ抵抗できなくなる。

「ハビ〜っ」

ハビはただキスマークをつけようとしているだけなのに至近距離で感じるハビの匂いやかすかに聞こえる唾液の音に昨夜の情事を思い出し下腹部がズンっと疼いた。手を掴まれているため両足を擦り合わせるしか刺激を逃がす方法がない。
「ユヅは肌が白いからよく目立つよ」
そう言われてハッとした。これがみんなにバレたらどうしよう。ハビと交際していることを知っているのはブライアンと信用できるわずかな人たち。それ以外の人に気づかれたら何と言われるか…マスコミは俺の小さな情報ですら欲しがってるから絶対に喜んで大袈裟に記事を上げるだろう。急に悪い考えが募っていき頭の中がパニックになる。その間にハビはまた首の違う場所を吸い始め新たな痕を残そうとしていた。
「んっ、ハビ、やっぱりもうダメ。見られたら困るよ。」
「大丈夫だよ虫に刺されたって言っておけば」
「でも… やっぱりダメ!」
「見られないところならいいの?」
「それは…うぅ…」

改まって正直に答えるのもなんだか恥ずかしくなってきて何も答えられずもじもじしているとハビは俺の鎖骨にそっと舌を這わせながらだんだん下りていき鎖骨の下周辺に赤黒い鬱血痕をつけていく。

「ここなら見えないし大丈夫だよ」
「うん…」
きっかけは俺からだったものの、なんだかこの状況が恥ずかしくハビと目が合わせられない。
「僕も初めてつけたけど上出来なんじゃないかな」
満足そうな顔で言うハビに両手を解放され、俺は身体を起こしハビの首に腕を回し肩に顔を埋める。

「どうしたのユヅ、急にキスマークなんて誰かに何か言われたの?」
「ううん…だだ寂しくて不安でずっとモヤモヤしてた」
穏やかなハビの声と子供をあやすようにポンポンっと背中を触られると素直になれる。

「ハビは俺のしるしだってつけたくて…それにこのマークを見るたびに俺のこと思い出すでしょ?」

そう言った瞬間息ができなくなるほどハビに抱きしめられた。

「ちょっ、ハビ、苦しい」
「ユヅ…すごく可愛いよ!ボクのこと大好きななんだね」

俺は急に顔から火が出そうなほど恥ずかしくなってハビの腕の中から抜け出そうとする。
「ボクも寂しくてたまらないよ、ユヅが引退したらずっとそばにいれるけど。それに心配してるのはユヅだけじゃないよ。」

「へ?」
「ユヅ…君はすぐアイスダンサーの男たちにくっつきに行ったりするだろう」
「あれは…だってリフトされたいだけだもん」
「可愛い顔でおねだりされたらみんなユヅに惚れてしまうだろう」
「それを言ったらハビだってかっこいいし誰にでも優しいしモテるし俺ずっと心配だよ」

キスマークの話からだんだんと惚気大会になってきてお互い恥ずかしくなってきて笑い合った。

「さあユヅ、まだ朝早いからゆっくり寝よう」

ハビに誘われるまま俺はベッドに潜り再びハビの暖かい腕の中に入る。
頭に優しいキスが降ってきてハビの心地よいリズムを刻む心音を聞いているうちにまたウトウトしてくる。

よく考えれば寂しさを紛らわすためにキスマークをつけるなんて単純な考えだけどハビも同じように寂しさや不安も感じているのだと知れて俺も安心することができた。

それに今ハビの首に残る1つの赤黒い痕を見てとても満足している。

また今度、ハビが寝ている時に見えないところにいっぱい痕を残してやろう。俺はそんなことを考えながら夢の世界に入っていった。

そしてある朝、洗面所の鏡の前で俺の身体のあちこちについた赤い鬱血痕を眺めながらハビも同じことを考えていたのだと知るのはまた別のお話。
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