短編集

□剣八と沙夜がいちゃいちゃしてるだけ
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 遠い霞がかった記憶の中の少年はせいぜい自分の背丈の半分ほどだった気がするというのに、気が付いたら見上げるほどの巨躯に成長していた。

 その事実を知った瞬間の、そのどうしようもなく胸躍る高ぶりをどう説明すればいいのだろうか。

 あぁ、素晴らしきかな時の流れよ。

 気が付いたときからこの背格好のまま生きている私には、少年から大人の男へと成長したその姿を見るだけでどうしようもなく感動に打ち震えてしまうのだ。



 人々のざわめきから少し離れた草原に全身を投げ出して、沙夜は晴れ渡った空を見上げていた。流れる雲は速く、上空には強い風が吹いているらしい。次々に形を変え、どこかへ向かう雲をぼんやりと眺めながら、改めて過去の少年と更木を頭の中で比べていた。

 腕っぷしや強さは変わらない。しかし、その力をふるう器は想像以上の変化をしていた。成長というものを経験したことのない沙夜は、あの幼い少年が更木になったという事実がどうにも違和感を感じてしまっていた。

 まるで別人になってしまったかのように感じて、けれど中身はおそらくあの時とそこまで変わっていないのだ。なんだか不思議な気分である。

「こんなとこにいやがったのか」

「隊長。・・・今日は風が気持ちいいですよ」

 目を閉じて吹き付ける風に身を任せる沙夜を見下ろして、更木は目を細めた。なぜそんなことでそこまで楽しそうにできるのか、はなはだ理解に苦しむ。

 傍らに腰を下ろせば、確かにいい感じの風が吹きつけてくる。気持ちいい風、というのは認めてやってもいい。

 このまま横になって昼寝をしてもいいが、もう少しだけ風に吹かれていてもいいかもしれない。ふと視線を斜め下に向ければ、片膝を立てて寝転がっている沙夜がいる。

 軽く揺れる前髪にわけもなく手を伸ばして触れれば、くすぐったそうに吐息をもらした。

 いつかの流魂街で暮らしていた時は、聞こえすぎるのか耳をふさいでいることが多々あった。それが原因で荒事に巻き込まれたことも二度や三度ではない。

 そういう時は、更木がなんとなしに耳をふさいでやるとくすぐったそうに笑っていたものだ。美しいもの、楽しいことでなくても、こいつはこんな顔をするのだなと思ったような気がしなくもない。

 それから、沙夜の耳に時折触れることが更木の中で当たり前になっていた。

 それを思い出したのか、あるいは染みついてしまったのか、前髪に触れていた指先はするりと耳にかぶさった。記憶にあるよりもずっと小さく感じる頭。当然、耳も昔よりずっと小さく感じて、思わず両手で耳を完全にふさいでしまった。

「・・・大きくなったなぁ、さびしんぼ。あぁ、お前が少し羨ましいよ」

 しみじみとつぶやく声を無視して、更木はじっと耳に触れている両手に意識を集中していた。

 すり、と沙夜の手が更木の手に重なる。大きさはともかく、感触は記憶にあるままで思わず眉間にしわを寄せた。

 額を合わせて、じっと萌葱の瞳を覗き込む。昔、まだ体が幼かったころはあんなにも大きく感じたやさしんぼは、実のところ今の自分の体ですっぽり隠せてしまう小柄な女だった。

 フッと息を吹きかければ、途端に顔を真っ赤にして固まる辺りはまったく変わっていないが。

「なんだ、期待でもしたのか」

「は、はぁ?!」

 自分を見る目があまりにも生ぬるく居心地の悪いものだったから、更木はくつりと笑ってやる。途端、むず痒い目からいつもの目に戻って、知らずそっとため息をつく。

 時の流れというものは、案外いいものかもしれない。主に、体の成長という点において。

 そんならしくないことを考えている自分に気づいて自嘲し、ごろりと草原に身を横たえた。吹き抜ける風が、ゆっくりと心中に浮かんだ生暖かい何かを運んで行った。


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