解なき旅路の果て

□彼ら曰く、
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「我欲が無い? 笑わせるな」

 アーチャークラスの英雄王は、はんっと鼻で嗤い飛ばした。
 予想とは正反対のその反応に、立香はどんなリアクションを取れば良いか分からず、思わず首を傾げてしまった。何もそこまで言わなくても…と言えば、かの英雄王は「馬鹿な事を聞くのは止せ」と眉間に皺を刻んだ。ので、立香は大人しく口を閉じる。

「施しの英雄とやらは人間らしく、否、誰よりも人間らしくアルジュナという男に執着しておるわ。いやいや執着なんて生温い! あれは一種の信仰だ断言しよう」

 信仰? 自分達人間が、超越した神という存在を崇める…その行為を?
 執着を通り越して神聖視する、というのは小説などで見る依存性だが、果たして“彼”がアルジュナに対して異常な程の執着をしていただろうか。
 どちらかというと、“彼”ではなくアルジュナの方では? と聞くと、英雄王は立香の質問を見事にスルーした。

「原典のマハーバーラタは読んだか? 叙事詩のカルナは中々、ある意味に最高で見物だぞ」

 そうなの? それじゃあ今度、読んでみるよ。
 読め読め、あの男の一面を知れる良い機会だからな。と彼は言った。

「どんな真実を知ろうと、アルジュナの首を必ず獲る、という強固たるその意志よ。そも、何故にアルジュナの前に躍り出ようと思ったのだろうな。これぞ運命か?」

 あれ? ギルガメッシュは、運命なんて信じないタチでしょ?

「……冗談だ」

 あぁ、やっぱり。

「しかし強ち間違いでもなかろうに」

 そう? どこらヘンが? そう尋ねると、彼は微妙な顔をして言う。

「弟だと知りながら殺すと思えたのは、一人の男「アルジュナ」という存在を手に入れたかったからか…はてさて」

 古代の者の思考は良く分からんな。などと英雄王がおどけて言うので、立香は思わず吹いてしまった。
 貴方もまた古代の人間だったでしょうに。それでも分からないなんて。
 しかし彼曰く、インドの思考はまた別格らしい。その基準は不明だが、別格というのには頷けてしまう…確かに別格だ。

「あぁ余談だが、太陽というものは意外にも厄介で忌まわしいものだぞ、知っていたか?」

 はて、そうだったか? 太陽は神話でも何でも、高位のものではなかっただろうか。それこそ日本神話やケルト神話、“彼”を示すインドの神話にだって太陽は凄いものだろうに。

「大地の命を温め、人々に明かりを灯す…普通に考えたら良い恵みだと思うだろう?」

 うんうん、勿論。

「だが、“それ”がいつまでも続いたらどうだ」

 いつまで…延々に? ずっと晴れていたら? それってあり得るの?
 ……あ、あり得るのか。

「我ら生物には強すぎる熱が、光が、永遠と与えられ──いいや、施され続ける。もう要らぬというのに惜しみ無く。身に余るものは、ただの毒であり害だ」

 立香は想像する、晴ればかりが続く日々を──あぁ恐ろしい恐ろしい。地上の水が太陽によって干からびた地獄絵図を、まだ見たくはない。
 そう思うと、“彼”の施さんという精神はどうかと思ってしまう。あぁ恐ろしや。

「だが…地上を救わんと良い感じに登場するのが、忌々しい光を遮ることが出来る雲。それにより降り注ぐ慈雨は渇いた大地を潤し人に恵みを授ける」

 おぉ、救世主だね。

「だがそれも一時、雷が激しかろうが風で雲は流れ去る。しかしそれを追いかけ、太陽は光を強めるのだぞ? はは! おぞましい悪循環だ、あまり想像もしたくない」

 ………あ、そういう見方もあるんだ。中々に斬新な見方だね。
 どうして太陽が、雲や雨を追うの?

「はっ、考えてみろ。自分の威光を悠然と遮る存在が、ふいーっと素知らぬ顔で去っていくその様を! 我だったら腹立たしいし、己を遮れる程のものなのだからと追うだろうさ」

 ふぅん…そんなものかなぁ。
 曖昧な言葉と共に首を傾げた立香は、凡人であるが為に英雄王が言うような事は想像し辛かった。

「…だから本当に、“授かり”などと称される奴が気の毒で仕方がない」

 ふと、彼が小さく呟いた。今度はアルジュナの手厳しい評価でも言うのかと思いきや、何やら随分と含みのある言葉を宙に吐き出した。

「豊潤な恵みをもたらす雷雨が何処ぞへと隠れれば、唯一が無くなった太陽が癇癪を起こすぞ。精々そうならぬよう、見張らなければなるまい」


 そう言って背を向けて歩き出した英雄王に、有り難うと声を投げ掛けてから立香も歩き出した。
 次に“彼”と顔を合わせた時、“彼”がアルジュナを見ているのを見た時。それらに居合わせたら、今度からどんな顔をすれば良いか更に分からなくなった。

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