白百合の聖餐式

□白百合の聖餐式
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「君達とは違うんだよ。前提も、立場も、何もかもが。」

 アスファルトの地面はどういう事か、柔らかいクッキーのように割れて立つ事は難しい。その周りの建物は砂で出来た城も同然で、どれも見る陰もなく原型を留めていなかった。
 それらを彩る真っ赤な血痕は、ありとあらゆる所に飛び散って。それらを飾る緋色の炎は、全てを焼き尽くさんばかりに熱を孕んで渦巻いて。

「君達は『世界を救う』という前提の元、あらゆるものを犠牲にしてきた筈だ。そのレイシフト先の大地、人々、村、街、国、価値観、そして君達自身の"意思"さえも。だってそれらは、これから救おうとしている世界に比べて小さいから。そして世界を救うにはどうしても必要だから、きっと犠牲に出来た。」

 少年は言った。

「だけど俺は違う。どんなに世界の尊さを教え説かれても、理解する事は絶対にない。」

 ありふれた日常さえが、俺にとっては地獄だったから。そう言う彼の表情は見えない。
 立香は呆然と佇んで目の前の少年を、何も言わずに見返した。
 言いたい事は沢山あった。そんなことはなかったと、そうではなかっただと。立香達が駆け抜けてきた日々は確かに実在したもので、故に“今”という時間があるのだから。

「……それは、それはただのエゴだよ。」

「あぁ、そうだとも。これは俺のエゴだ。地獄へと変わっていく世界よりも、それが成就して歓喜するライの讃美歌よりも──"彼女自身"が大切なんだ。」

 でも、と。

「彼女の意思を無視した身勝手なエゴでも、大好きな一人の女性を救えるのなら……その方が、良いと思わない?」

 それもエゴなのだと、遂に立香は言えなかった──少なくとも彼の想いは、一方通行には見えなかったから。

「俺は、ライの為に全てを売り渡す。彼女を救う、その為ならば己が命さえも差し出そう。」



 明々と燃える大地、空に穿たれた"穴"。それらはまるで、初めてレイシフトした炎上都市と瓜二つ。

 地獄のように赤く紅く朱く、鮮やかに燃える世界。その真ん中で、白く褪せた髪を靡かせて踊る聖女が一人。
 黒く、しかし真っ白だった彼女。誰よりも残酷な程に優しく、掬われなかった者を慈悲深く救いあげようとした。全ての救済を望み、あらゆるものを祝福せんと願った。
 全ての善を裁定し、全ての悪を許容し──残酷なまでに平等に。
 その結末が、成れの果てがどんなに醜かろうとも、どんなに悍ましかろうとも。



 ただ、それだけの話だった。
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