Short Story
□真夏色のライラック
2ページ/4ページ
先程までと違って俺の機嫌はすこぶる悪い。
優雅に過ごすはずだった時間を明らかに邪魔する存在が現れたからだ。
そしてその苛立ちを特に隠す気もなく機嫌悪めに俺は話しかける。
『何しに来たんだよ真夏。』
「久しぶりに会ったのに冷たいな〜」
『あぁ、この後の予定を決めた所だったのにどう考えてもその妨げになりそうなことが起こったからな。』
「それって私のことだよね!?」
なんだ分かってるじゃないか。
しかしいつまでも怒っている訳にもいかないのでとりあえず俺は話を聞くことにした。
こんな時間にわざわざ家まで来るんだ。
そもそも俺はこいつに住所を教えた覚えは無い。
大方、共通の知り合いに聞いたところなんだろうがそこまでしてここに来るのに顔を見に来ただけなんてわけが無いだろう。
『それでなんかあったのか?』
「え?」
『こんな時間に何の用も無しに来るわけないだろ。というか住所は誰から聞いた?』
「さすがだね優希は。住所は優希のお母さんから聞いちゃった。」
『何してんだよ母さん・・・それで?』
肝心の要件をまだ聞いていない。
勝手に住所を聞いたことをとやかく言うのはそれからだ。
真夏は少しだけ言い出し辛そうにしていたがしばらくしてようやく口を開いた。
「優希、少しの間ここに泊めてくれない?」
聞き間違いだ、きっとそうに違いない。
聞き直す前にここら辺で俺と真夏の関係を整理した方がいい気がする。
俺と真夏は高校の同級生。
かなり仲が良かったのは事実だ、こうして真夏が母さんの連絡先を知っているくらいなんだから。
それでも男女の関係には進展していない。
少し真夏を異性として意識していたのは事実だがそれはすぐに叶わない話となった。
真夏は高校3年の時に芸能界からのスカウトを受けて卒業と同時に東京へ旅立つことが決まってしまったからだ。
もう真夏には会えない。
そんなことはわかっていた。
だけど俺は真夏の跡を追いかけるように東京の大学を受験していた。
会えないのならせめて同じ東京の地にいたい、そんな思いだけで。
実際東京に来て今日で1年と少し、真夏と遭遇するようなことは一度もなかった。
今日、こうしてここにやってくるまで。
・・・・・・うん、何も間違っていない。
俺と真夏のそういう関係ではないしなる予定もない。
それよりも真夏がここにいることがバレた方が問題だろう。
おそらく先程聞き間違えたであろう真夏の話をもう一度聞いてから帰ってもらおう、そう決めてようやく俺は口を開いた。
『悪い、もう一度言ってもらってもいい?』
「うん、少しの間泊めてもらえない?って言ったの。」
出来れば聞き間違いであって欲しかった。
別に誰かが俺の家に泊まるということに問題があるわけじゃない。
明日は講義がなければバイトもない。
たかが大学生の一人暮らし、1人くらい増えたところでほぼ何の支障もない。
『そもそもお前も東京に住んでるだろ。なんで急に。』
「それが急に水道が壊れちゃって、しかも仕事場に近いホテルは全部部屋が空いてなくてね。」
なるほど、事情は何となくわかった。
それでも少しだけ引っ掛かりがあった。
近くのホテル全てが満室、そんなことがあるだろうか?
そもそも真夏は若手のホープ、そんなやつが泊まるところひとつ用意してもらえないという状況があるのだろうか。
そこまで考えてようやく答えが見つかった。
本当は泊まる所を見つけているがお金をケチっているか何かしらの都合で俺の家を使ってやろうとの魂胆なんだろう。
だけどそういう訳にはいかない。
真夏はまだデビューして日が浅いとはいえ立派な芸能人だ。
そんな真夏が男の家を出入りしているところを万が一でも撮られてしまえば致命的になるだろう。
それにしても・・・
昔は嘘をつくのが下手だったのに今は随分とマシになったものだ。
もう少しで騙されるところだった。
『悪いけど泊めてやることはできない。ホントは宛があるんじゃないのか?』
「・・・へへ、バレちゃった?せっかくだから優希の所にいけないかなって思ってたんだけどね。」
特に焦る様子もなく真夏はイタズラがバレた子供のように笑いながら言った。
じゃあそろそろ帰るねと言って真夏は身体を起こした。
なんだか少し寂しそうにも見えるが仕方ない。
真夏のためにもここは心を鬼にして帰ってもらわなければならない。
『その、なんだ・・・また来てもいいからな。』
騙されそうだったのは俺の方なのに少しだけ罪悪感が出てきた俺はらしくも無いことを口走っていた。
真夏も驚いたようで少し目を見開いてからふっと笑って。
「そうだね、またお邪魔させてもらうよ。」
と言い部屋を出ていった。