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□エルゲルムの将軍
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――ベルリオールより西。
エルゲルムという小さな国がある。
「ベルリオールとトラギア帝国が戦争ね。ベルリオールの圧勝ってことは総指揮者は奴か」
「はい。ベルリオールの王弟です」
暗がりの中、ひそひそと男達は言葉を交し合う。
「まったく、今度は何人ベルリオールの軍神とやらに葬られたのやら。まあ、当の本人は数えているわけないだろうがな」
「当然です。人数もなにも、自分が踏みつけた相手の顔なんか、高貴な王族は覚えちゃいませんよ」
「エルゲルムとのいさかいだって、奴にはもう頭から抜けているか」
だが、自分達は覚えている。
血塗れの戦場を。
仲間逹の悲鳴を。
そしてそれを生み出す、まがまがしいあの漆黒の悪魔を。
「次期宰相様だとか。……全身血にまみれた獣が」
己が血を流すことなど、想像すらしたことなないだろう傲慢な王族。
何度、あの男に斬りかかる夢を見ただろう。
「奴を、…殺す」
「はい」
宵がもっとも深くなるころ、その二つの声だけが冷たく響いた。
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