小説

□登校一日目
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始業式、そこそこ偏差値の高い私立の中学校ということもあり、真面目な生徒が多いため喋っている人こそ居ないが、頭が下を向いてしまっている生徒がそこらかしこに見られる。普段であれば名無しも下を向いてる内の1人ではあるが、今日ばかりは他のことを考えられないように、必死に校長先生や進路指導の先生の言葉を頭に入れていく。

(校長先生も大変だなー、毎回いい言葉を考えてきて、あまりちゃんと話を聞いてる人が少ないこと分かっていてもこんなにハキハキと頑張って喋ってて、それを言ったら学年主任の先生もそうか、それプラス被らないようにもしなきゃいけないのか、そういえばさっき進路指導の先生が外部の高校に行く人はどうのこうの言ってたけど………あーもー危ない危ない少しでもボーっとすると朝の事を思い出しちゃう……)

「大丈夫?具合悪いなら無理せず保健室行った方がいいよ」

顔色の悪い名無しを見て心配した隣の列の男子が話しかけてくる。
確かに朝から怖い目に会った疲れからか頭が少し痛い気がする。横になって少し休みたい気分だった。

(どうせ今日は午前帰りで授業無いし、帰りのHRまで休んでいようかな……)

「うん、ちょっと具合悪いから抜けるね。」

心配してくれてありがとうという意味を込めて会釈をしてから立ち上がりそそくさと列を抜けていく。心配の目を向けてくる友達に口パクで大丈夫と答え、担任の先生に断りを入れてから保健室へと向かった。


「失礼します。」

そう言いながら保健室の扉を開ける。
見ると一番奥のベッドのカーテンが閉まっているのが分かる。どうやら先客がいるようだった。

「あら、どうしたの?」

何やら作業をしていた手を止めて、先生が立ち上がり声をかけてくる。

「少し頭が痛くて……暫くここで休んでいてもいいですか?」

「そうねぇ、確かに顔色が悪いわ……ゆっくり休んでいきなさい」

そう言って名無しをベッドに案内し、毛布を被せてくれる。

「先生、少し職員室に用があるから何かあったら呼んでちょうだい。」

「はい、分かりました。」

「それと、具合が良くなったらそこの机の上にある入室者シートを書いておいてね。申し訳ないけど、そこのベッドで寝てる生徒にも起きたら伝えておいてほしいの。」

名無しが頷いたのを見届けたあと、よろしくねと一言言ってから周りのカーテンを閉め足早に保健室を出ていった。




暫くたち、だんだん名無しの瞼が重くなりうつらうつらとしてくる頃、隣のベッドで誰かが起き上がりカーテンを開ける音が聞こえた。

(隣の子起きたんだ…………あっ!そうだシートのこと言わなくちゃ!)

先生に頼まれていたことを思いだし慌てて体を起こしカーテンを勢いよく引いた。

「うおっ!?」

いきなり開かれたカーテンに驚き声をあげる男子生徒。
名無しはその生徒を知っていた。というより彼はこの学校に通っている人で知らない人は居ないんじゃないかと思う程の有名人であった。
名前は切原赤也、くるくるの天パが特徴の2年生である。少し前までは男子テニス部の唯一の2年レギュラーだった、今では3年生が引退して部長になっている、そして生意気で元気な性格から3年の女子生徒からの人気が高い。そういえば友達の1人が「私は切原君が入学した当初から目をつけてたんだからね!レギュラー入りしてから好きになった子と一緒にしないで欲しい!」と言ってたなぁ、彼女も切原君ファンだったっけと、少し今と関係のない所まで思考が飛んでいく。

「な、なに、あんた?」

カーテンを開いた体勢のまま、こちらを見て固まった名無しに訝しげな目を向けながら尋ねてくる。

「あっ、その……先生がそこにある入室者シートを書いてって」

名無しが指差した方向にあるシートを確認したあと、チラッとベッドの近くに揃えてある名無しの上履きのラインの色を見て、名無しが3年生であることを認識し、くだけた敬語に切り替え返答する。

「あぁ、了解っす。起こしてすみません。」

そう言って机の方に行くのを見届け、それからカーテンを閉める。暫く紙が擦れる音が聞こえ、切原が退出する音を聞き、ホッと息を吐く。

(あぁー、初めて切原君と喋った……近くで見ると本当にイケメンだなぁ、友達が熱をあげるのも分かるわ……後で友達に保健室で隣のベッドになったーって言ってみよう、どんな反応するかなぁ、きっとずるーい!って怒るんだろうなぁ)

友達との楽しいじゃれあいを想像しながら、布団を深く被り直し、帰りのチャイムが鳴るのを待った。
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