小説

□登校一日目
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中学校生活最後の夏休みが終わった。
休み明けの登校日、皆それぞれの感慨を胸に学校へ向かう。ある者は終わってしまった部活や学校の無い楽園の日々を偲び、またある者は近づいてくる進学の文字を疎み、将来のことから目を背けるように楽しかった夏休みを繰り返し思う。名無しもまた後者の内の1人であった。

夏休みに入る前と同じように、駅で友達三人と待ち合わせ学校へと向かう。今年は去年よりも暑いとある友達が大袈裟に襟をパタパタさせ、もう片方の手で顔を扇げば、別の友人が、あんたそれ去年も言ってなかった?と呆れた調子で笑いながら突っ込む。そんな他愛もない夏休み前と変わらないやり取りをしながら、慣れた道を歩っていく。

ふと学校の正面の道に差し掛かった時、校門の真ん中で誰かが大きくこちらに手を振っているのが見えてきた。最初は私たちの誰かではなく、他に歩いている生徒の誰かに手を振っているのだと思い、視界の端に納めつつも、特に気にするでもなく友達と話し続けていた。しかし、だんだんと距離が近づくにつれそれの異常さが分かった。口の端からは血のようなものが流れ続け、服は脇腹辺りが赤く染まり、それは白地の服にはとても目立っていた。それでも顔は笑顔で此方を見ながら手をブンブンと振り続けている。

前を歩いている生徒達は何も見えていないのか、談笑しながら門を抜けていく。その様子に私にしか見えていないのか、この焦りと恐怖を感じているものは私だけなのか、そもそもあれは幽霊なのか、そうだとしたらなんで私だけこんな目に合わなくてはいけないのか、誰か他に気付いている人はいないのか、ぐるぐると考えながら、目を縋るようにあちらこちらへと動かす。普段自分が過ごしてる世界と決して交わる筈の無い異常な存在に頭はガンガンと警鐘が鳴り続け、体は震えだし呼吸が荒くなっていく。

「名無しどうしたの?」
いきなり喋らなくなり様子がおかしくなった名無しを心配に思ったのか、友達の1人が顔を覗き込むように話しかけてきた。
「い、いや大丈夫、何でもない!」
と何とか返す。
そんなやり取りをしている間もどんどんと奴との距離は縮まっていく、

(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!)

どうすればいいんだ、焦る脳内とは裏腹に足は止まらない、習慣が私を動かす。このまま後ろを向いて走りだしたい!でもその動きで奴が手を振るのを止めて私の所へ走ってきたら?そもそも奴が何かをしてくるとは限らないじゃないか、ずっと手を振っているだけかもしれない、私を狙っているとも限らないだろう、だから大丈夫だこのままなに食わぬ顔で私は見えていませんよと通りすぎればいいじゃないか。いや、あんな怖い奴の横を通りすぎるなんて出来ない!やっぱり逃げなければ!……

そんな堂々巡りの終わらない考えをしている間にもう目の前だ、もう少しですれ違う、

(ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!)

何に対して謝っているのか、ただひたすら謝って謝って謝って謝って……








そうして横を通りすぎた




何も無かった、奴は私に何もしなかった!
だがまだ安心出来ない、少し早足になりながらも下駄箱へと向かう。

周りから聞こえてくるのは夏休みボケが抜けてない生徒達の会話、久しぶりに再会した友達と語り合う声!
全てが日常的で、段々さっきまで感じていた恐怖も薄れてきた。
とても長く思えた下駄箱までの距離を歩き終え、

(学校だ……無事に学校に着いた……)

そう安心してしまった。


そして私は振り返ってしまった。









奴はこっちを見ていた。変わらずに笑いながらじっと私だけを見つめていた。
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