夢追う君に、手を伸ばし U

□神様の試練
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白衣の肩をとんとんと叩くと、向こうはきょとんとした顔でこちらを振り向いた。

よかった、見間違いじゃなかった。


「こんにちは〜お久しぶりです。」

「お!やっと会えたね。またお見舞いかい?美恵ちゃん。」

「勿論です!渡会さん。」


ああ懐かしの渡会さん。

わたしの生まれる前からお父さんともお母さんとも繋がりがあって、小さい頃はよく面倒を見てくれた。

研究所に勤めてる人だけれど、時々こうやってこっちの病院にも来てるみたいだ。


「雄英は大丈夫かい?結構叩かれてるのをニュースで見てるよ。」

「通う分には支障ないですから。」

「そうかい。あと焦凍君も事件に巻き込まれたみたいだけど大丈夫?」

「平気そうですよ。今日も一緒に来ましたし。」


この人はわたしの事情も轟家のことも大体わかってる。

焦凍君も何回か会ったことあるはずだから、一緒に会いに来ても良かったのだけれど。

でもきっとあのことを聞かれるだろうから。

腕に視線が注がれいてやっぱりと思ってしまう。


「傷跡は疼かない?」

「そこまでは…わたしって自然環境の変動に神経鈍いんですよね。」

「ははっ…でも半袖姿を見られてうれしいよ。」


腕の火傷跡消すのに尽力してくれた先生でもあるからな…乗り越えたにしてもあの火傷を負った経緯には触れたくはないし、触れさせたくもないし。


「確かに夏に会うのはあまりなかったですね。渡会さんたまにしか研究所から出てきてくれないおかげでわたしの中ではレアキャラですから。次はいつ会えるんだろ〜」

「申し訳ない。でも今回に関しては次はすぐだね。こっちはいつでも準備をしておくから。」

「ん?なんの準備ですか?」

「え?まさかまだ美春さんに聞いてないのかい?」


美春さん、お母さんの名前だ。

そう呼ぶ人少ないからこっちも懐かしい感じだ。


「あっ、関係ないかもしれないんですが、なんか妙に改まって近々メールするって言ってましたね。」

「まったく美春さんはすぐそうやって…メールでなんでも済ませようと…」


どうやら奔放な上司だったお母さんにに振り回された経験があったようだ。

部下だった渡会さんはため息をつきながら、抱えていた頭を元に戻した。



「その内容先に僕から説明しよう、こういうのはちゃんとメールよりも直で言った方がいいはずだからね。診察室をひとつ借りようか…」

「診察室?大げさですよ」

「そうでもないんだよ。」


ゆっくりと否定する彼に緊張感が垣間見えた。




廊下より空調設備の利いた診察室に案内される。

なのに、ここで汗がたれてしまうわたしは異常なのかもしれない。


「実は…」


昔なじみのおじさんではなく、医者や研究者の顔になっている渡会先生が話し始める。

わたしもそれに応えるために、全身全霊で耳を傾ける。

私情を挟まないように、何一つとりこぼしのないように。


「…というわけで一度こっちに来てもらいたいんだ」

「え?でも今まで平気でしたよ?」

「確かにそうなんだが、気にかかることも多いからね。場合によっては…」


次に告げられた言葉に生唾を飲み干す。

大げさですね、なんて言えればよかったのにそれはできなかった。






神様の試練はいつも、生きる者に次から次に降り注ぐ。

まだこっちの試練は乗り越えてないですってどれだけ主張しても、許してはくれない。

わたしがそれを思い知ることになるのは後のことだった。


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