夢追う君に、手を伸ばし U
□記憶の補填
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「お母さんのこと疑ったわけじゃないよ。ただ自分そんなしっかりした子だったかなって思っちゃって。あんまり覚えてないし。」
「ああ、事件の時の記憶喪失?」
「………多分。」
あまりにもあっさりお母さんがそれに触れてくるので、ちょっとだけびっくりした。
と同時に。あれはドラマとか本にある記憶喪失の一種かと目から鱗的な感覚も噛み締めてる。
定期的なカウンセリング終わった後、触れてくる人がいなかったから忘れてしまっていたな。
そっか。わたしはそうやってずっと優しい人たちが作り出してくれたまどろみの中で、今まで生活してこれてたんだ。
わたしがわたしのことを責めないように。冬美さんも夏さんも、焦凍君も…。
それなのにわたしは。
「習慣ってなかなか抜けないものよ。」
「え?習慣がどうした?」
「少なくとも、わたしがこっちに来てから半年以上は見送っていたはず。習慣化しててもおかしくはない。」
「………。」
「だから記憶になくても美恵はちゃんと見送ってくれてたとわたしは思ってるけど。あっ、呼ばれた、切る。」
言葉の意味が読み込めなくて何度か自分の中で反芻してれば、ぶちっと切られてしまった。
相変わらず、仕事モードに移るのが恐ろしく早い人だ。
日陰もつくらない、雲ひとつなくなった空を見上げる。
「ちゃんと見送れてた、か。」
そう信じていいんだ。お母さんが言うんだもの。
わたしにとって、いい子って頭を撫でられるのよりこそばゆい、究極の褒め言葉だった。
顔を正面に向けて携帯をしまいながら、次の乗り場へ向かう。
最終目的地まではすぐそこだった。