夢追う君に、手を伸ばし U
□記憶の補填
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「結婚する時に言われたのは、見送りは玄関まで、何か一言だけかけて欲しいって。あの人直々の頼みだった。」
「一言って、やっぱりいってらっしゃいとか?」
「確か、”今日の酒は控えて”とか”帰りにケーキ買ってきて”とか。色々。」
「本当に色々だね。」
一般路線に乗らないのがお母さんらしい。
「いつも通りの感じでって言われてたし、下手に気負わないでいいのかと思ってたけど。」
うっ。その言葉はちょっと痛い。昨日の自分の行為は…気負いすぎた結果だ。
非日常なことしすぎて…いやあの状況自体が異例だったからそこを日常に持って行かせるのも難しかったけど。
でもいつも通りで、か。
ヒーローの感覚なんてわたしなんかが理解できないけどどうしてそういう風に思ったのか、少しだけわかる気がする。
「…お父さんにとっては大事な儀式だったんだね。」
「そうみたい。だから美恵にそういう風に見送ってあげてってお願いしたんだけど。」
……待てよ。わたし教えられてた?
「えっと…いつ?」
「あなたが小学校上がる時、わたしが海外に行く前。」
「思い出したような…卒園式くらいだよね?」
「うん。」
そういえばあの頃結構お母さんスパルタだったな。
自分が海外に行くってことで、多分わたしが家に一人でも大丈夫なように短期間でいろんなことを教えて貰った。
買い物の方法も、洗濯物のたたみ方も、お父さんの健康に気遣って個性の使い方の特訓もしてたし。
その時見送りの方法も教えてもらってたんだろうな。
「おかげで人が出かけるのに敏感にさせたね。少しの物音でも起きるから早番の時申し訳ないってあの人からメールが届くほどだったし。」
「……本当に?」
「疑ってる?だったら…あ、そのメール入ってるパソコンごと送ればいいのか。」
「すみません信じます。」
いや、その前にもっと手軽な方法あるんじゃ…。メールを転送するとか…。
「転送してもいいけど、こっちが加工したって思われるのも面倒だから。本体送った方がいいと思ったけど。」
エスパーか。だからって海外便なんか使ったらどれくらいの料金になるんだろ。諭吉飛ぶよね。
さらっと当たり前のの手段のように提案するこの人は自分と金銭感覚がどれほど違うのか…知りたいような知りたくないような。