狐に嫁入り

□狐饂飩と稲荷寿司
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「ありがとうございましたー」

最後のお客さんを送り出してホッとする。
なんとか俺のにわかうどん屋店主の一日は無事に終わった。
子供の頃から父さんの背中を見て育ったとは言え、一度もうどんなんか作ったことがなかったから、最初はどうなることかと思ったけど。

「はあー、なんとか一日目終了」

まあ、うどんと言っても麺は父さんが打ったお持ち帰り用のがあるし、それを茹でて出すだけなんだけどさ。
うどんの出し汁もお持ち帰り用のがあって、それをお湯で割るだけだ。

ただ、店の看板メニューのいなり寿司だけは毎日、手作りしなくちゃいけなくて。
けど、幸いにもいなり寿司だけはよく作っていたし、自信があった。
父さんのには敵わないかも知れないけど、少なくとも父さんも美味しいって言ってくれたし、一応は店主の太鼓判つきだ。

最後のお客さんを送り出した俺は、シンクに山積みになった洗い物の丼や小皿を前に安堵の溜息をついた。

なんでこんなことになったかと言うと、それは昨日にまでさかのぼる。
自分の部屋でダラダラしていたら、母さんから電話が掛かって来た。

『えっ、父さんが入院した?!』

その電話はうどん屋を営む父さんが入院した知らせで、

『そうなのよー、だけど安心して。ただの虫垂炎だから』
『虫垂炎……』

つまりは父さんは盲腸になり、どうせだからと切ってしまうことにしたらしい。
そんなこんなで三日間入院することになったんだけど、父さんのことが大好きな母さんは父さんに付き添うことにしたらしく、高校生の俺に店を任せると言って来た。

まあ、店と言っても小さな店だし、なんとか一人で回せるとは思うんだけど。
お昼時だけパートのおばちゃんの前田さんが来てくれるし、仕方なく父さんが入院してる三日間だけ、俺が店を開けることになった。

「あれ?夏生(なつき)君が店番かい?」
「すみません。うちの父さん、盲腸で入院しちゃって」
「えっ、夏きっつぁん(夏吉さん)が?!」

幸い学校は夏休みに入ってるし、常連のつねさんが心配してくれて、少しの間だけ店を手伝ってくれたりして。
元々が父さんが一人でやってる店だから、半分セルフサービスのようなものなんだけど。
下町の店らしくお客さんは常連さんが大半で、接客らしい接客もしないで済んだ。
何とか一日を回し切り、今日の分のうどん玉が売切れたから店を閉めたのだ。

洗い物をして、売上の計算もして明日の準備が終わったのが午後の七時過ぎ。
きつねうどんと売れ残ったいなり寿司で晩飯を済まし、店を出るのは夜の八時過ぎだ。

そして、最終日の夜。
裏のお稲荷さんの祠に、店を無事に回せた御礼のきつねうどんといなり寿司のお供えをしたその時、

『やっと見付けた』

どこからともなく、そんな声が聞こえて来た。


 

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