海月の夢見た世界

□海中の景色
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種類毎に小さな水槽が並ぶ熱帯魚の展示や、暗室に色とりどりのライトが灯るクラゲの展示。そんなよくあるラインナップだが、やはり初めて訪れたらしいルリアさんは実に興味深そうに水槽を眺めていた。

時刻は昼前。そろそろイルカショーが開演する時間だ。都内にあるだけあって凄く広いというわけではないが、休憩も入れつつ彼女に合わせてゆっくりと回っていると丁度良い時間になっていた。

「次は2階ですね。そろそろショーが始まる時間ですし、見て行きましょうか」
「ショー、ですか?」
「ええ、イルカショーがあります」
「イルカ……見てみたいです」

イルカ。その言葉にルリアさんの表情が明るくなる。

「そういうと思いました。では、行きましょう」
「はい」

彼女を促しイルカショーが行われるスタジアムへ。途中、昼時だからと軽食と飲み物も買い席へ着けば、間もなくショーが始まった。

水中から現れたイルカたちが、トレーナーの指示に従い水面を滑走し、また宙を舞う。度々立ち昇る大きな水飛沫に隣の席から驚いたような声が上がる。

「わっ……! 凄い……」
「前の方の席にいたら、今頃ずぶ濡れでしたね」

売店で簡易なレインコートが売っていることには売っていたが、今回は特に買っていなかった。たとえ持っていたとしても、会場へ来る時間が結構ギリギリだったこともあり、どちらにせよ、水飛沫がかかるような席は空いていなかったのだが。

「そうですね。でも、」
「でも?」
「ちょっと楽しそうで羨ましいです」
「っ! そう、ですね……」

そう言って、ルリアさんははにかむように笑った。予想外のことに若干反応が遅れてしまったが、彼女にそれを気にする様子は見られない。人知れず、僕はホッと胸を撫で下ろしていた。


イルカショーを見終わった後は、米花水族館でも屈指の人気スポットである水中トンネルへと向かった。ドーム型の天井の向こうが水槽になっており、下から魚たちを見られるタイプの水槽である。

「凄い……」
「ええ、壮観ですね。普段、この角度から見ることは中々ありませんし」
「海の中にいる時みたい……」

イルカショーの時と同様、ルリアさんの表情は明るい。まるで子供のように目を輝かせて天井を見上げる彼女を、水槽の更に向こう、明かり取りの天窓から注ぐ太陽光が照らしていた。
水の青に照らされた美少女。その姿は酷く神秘的で、思わず目を奪われていた。

……いや待て、降谷零。

けれど、そんな煩悩を一瞬で消し去って先程のルリアさんの言葉を胸中で復唱する。

──海の中にいる時みたい……

これが、どういう意味か。
たとえばこれが、"海の中にいるみたい"と言われたのなら意味はわかる。あり得るだろう海中の光景を、この水中トンネルからの眺めに重ねているのだろう。
だが、"海の中にいる時みたい"、とは。それはまるで、彼女が普段からこの景色を見慣れているかのような一言。少なくとも、海中から上空を見上げるような経験がルリアさんにはあるということだ。

「……僕、あまり海に潜ることはないんですけど、ルリアさんはよく潜るんですか?」
「ええ、最近はあんまりできてないですけど……天気が良い日はこんな感じに、太陽の光で水面が輝くんです」
「それは綺麗でしょうね」

なるほど、彼女はやはりダイビング経験者らしい。それも一度や二度ではないようだ。天気の良し悪しによる海中の変化を話せるくらいには、頻繁に潜っているということになる。
彼女が閉鎖空間で育ったことを可能性の一つとして考えていたが、ある程度の間隔で海に出られたのならその可能性は低くなる。そこが外海から切り離された海でない限りは、だが。

その後、他のコーナーも回ったところで僕はルリアさんを再びイルカショーのあったスタジアムへと誘った。今回の目的はショーではなく、スタジアム端から行ける階下の水槽だ。

「実は、この水族館を選んだ一番の理由は、この先の水槽にあるんです」
「この先にも水槽が?」
「ええ。イルカショー会場の下……、」

階下へ降り、短い通路の先で視界が一気に開ける。

「ここに、ショーのプールを横から見られる水槽があるんですよ」

そこにあったのは、イルカショーで使われていたプールを利用した水槽。そして、そのプールの中、自由に泳ぎ回るイルカたちの姿だった。



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