海月の夢見た世界

□秘めた思い
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「……何、これ?」

その日。朝起きると、玄関に備え付けのポストから手紙が差し込まれていた。

白い封筒の表には「ルリア・ナイトレイ」の文字。
異世界であるという結論に至ったこちらの世界で私宛ての郵便が届くはずもなく、今まで届いたこともなかった。けれど、イギリスではないこの日本で、この部屋に投函された「ルリア・ナイトレイ」の封筒が私宛てでない確率も相当低いのではないだろうか。
違っていたらその時だと中身を確認してみると、1枚のカードが入っていた。

_のルリアち_ん
___いだと__てたけど、__は___だ_たんだね。_いたな。でも、_の__さの__を_れて_しいよ


漢字混じりのその文は、読めるひらがなだけでは意味がわからない。けれどやっぱり「ルリア」の文字はあって、これが私宛てのカードなんだということはわかった。


自分宛てだろうカードのことはもちろん気になったけれど、ポアロへ出勤する頃にはそんなことは忘れてしまっていた。
なぜならポアロには、寄せてはいけない想いを抱いてしまった相手がいるのだから。

「おはようございます、ルリアさん」
「……お、はようございます……」

今日も朝から、いつもと変わらない笑顔を向ける安室さん。彼にとっては変化などないのだから当然なのだけれど、今はその当たり前が嬉しくて、そして少し苦しい。

「昨日はあの後大丈夫でしたか?」
「っ、……はい」
「それなら良かったです」
「! ……はい」

この想いを忘れなければ。そう思ったのは確かなのに、やっぱり向けられる笑顔が嬉しい。
……少しだけ、ただ想うだけならば許されるだろうか。気持ちを伝えることも、その先の関係も望まない。ただせめて、想っていることくらいは。

「! いらっしゃいませ!」

カランと鳴ったドアベルの音に現実に引き戻される。
朝一番のお客様がやってきて、今日もポアロの営業が始まった。さて、モーニングの用意をしなくては。


いつも通りの一日を送って、時刻は既に夕方。蘭ちゃんが夕飯を作るのを待つ間、上から訪ねてきたコナン君は私に礼を言った。

「ルリア姉ちゃん、昨日はありがとう。でも、僕たちを庇って1人で立ち向かおうとするなんて、やっぱり無茶だと思うよ」

ついでに少しばかりの説教も。
子供たちを背に2人組に対峙した時のことは、私も無謀だったと思う。ただしそれは、魔法がなかったらの話。
私には魔法が使えるから、昨日の相手くらいなら、多分なんとかなった。その前に、呪文を言えたかという問題はあるけれど。

「……コナン君たちを守ろうと思ったらつい、ね。私、これでも大人だから」
「大人……? そっか、イギリスの成人は18歳だもんね」
「……コナン君は本当に博識ね」

コナン君と同じ歳の頃、私は他国の成人年齢なんて知っていただろうか。答えは否。
むしろ今でも知らない。この国では確か……20歳だったような気がする。

「そ、それはほら、僕、外国で暮らしてたことがあるからだよ!」

冷凍車の中でも、冷静に色々な策を講じてくれたコナン君。純粋に感心しただけだったのだけれど、慌てて弁明するその姿はやっぱり子供のそれで、なんだか温かい気持ちになる。

「博士のケーキは美味しかった? あの後、みんなで食べたんでしょう?」
「あー、うん、食べたことは食べたんだけど……あいつら、荷物を落とすようにしてたから、開けてみたらケーキが崩れてて……」

あいつら、とは言わずもがな昨日の2人組だ。
家を訪問する度に荷物を落として印象付け、アリバイを作ろうとしていたのだったか。中身がケーキだろうと、それでたとえば後から会社宛てにクレームが来ようと、殺人犯を逃れるアリバイが出来るならば安いもの。
まず間違いなく、遠慮なんてせずに落としたんだろう。あの2人ならやりそうだ。

それと同時に、残念がる子供たちの顔も浮かぶ。崩れたケーキを見て、事件を自分たちの手で無事解決させた喜びさえ吹き飛んでしまったかもしれない。
昨日、子供たちと別れる前にそのことに気付けていれば、レパロを唱えてこっそりケーキを元通りにしてあげることもできただろうか。それすらも、頭の良い目の前の少年には見抜かれてしまうかもしれないけれど。

そうして思い出してしまうのは、どうしたって罪悪感だ。もっと早く、私が行動していれば。子供たちを、優先できていれば……!
無意識に握りしめてしまった手に、安室さんの手の温もりも思い出した。私の本心をわかってくれていた、あの暖かさを。

私も、子供たちに向き直りたい。

「……今度、」
「? ルリア姉ちゃん?」
「今度、一緒にケーキを食べようって、みんなに伝えてくれる?」
「うん! あいつらきっと喜ぶよ」
「……ありがとう」

彼らよりも、自分の保身を優先した私。
ケーキなんかで昨日の私の罪が晴れることはないけれど、少しでも彼らに謝罪と感謝を伝えられるのなら。そして何より、子供たちの嬉しそうな、楽しそうな顔が見れるのなら。

そろそろ夕食だと上へ帰って行くコナン君の背を見送って、幾分か晴れやかな気持ちで残りの業務に向き合った。



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