海月の夢見た世界

□猫に託したメッセージ
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猫の大尉を追って乗り込んでしまったクール便のトラック。そこで撲殺された男性の遺体と、なぜかルリアさんを見つけた。見たところ気絶させられているだけのようで、凍傷になっている様子も見られない。
若干魘されていた彼女を揺すり起こせば、例の配達員の2人組が遺体を運び出すところを目撃し、口封じのためにトラックへ連れ込まれたことがわかった。あわよくば、彼女にはここで凍え死んでもらうつもりだったのだろう。

状況を把握した彼女は怯える素ぶりを見せたが、視界に入っただろう寒さに震える子供たちを見て、なぜかコートを脱いで腕を広げる。
その動作に入る前、一瞬だったけれど、迷いのような決意のような表情も見せた気がした。

「……みんな、こっちへおいで。私、こう見えて体温高いの。くっ付いていれば温かいはずよ」

顔を輝かせて飛び込む歩美。それに続く光彦と元太も包み込んで、俺と灰原にも自分の元へ来るように促す。
意外と押しの強い彼女に負けてその腕の中に収まれば、本当に暖かくて驚いた。トラック内の冷気に当てられ冷えた自分のコートが嘘のように、彼女のそれは温かいのだ。
例えるならそれは、服中にカイロを仕込んでいるかのような、彼女の服やコートそのものが暖房器具のような。

「ありがとう、ルリア姉ちゃん」

なぜ彼女がこんなにも温かいのか、その理由はわからない。触れてみた手は俺ほどではないにしろ冷めていたから、温かいのはどちらかというと服の方だろう。
けれど、そんなことが一瞬でも気にならなくなるほど彼女の側は心地よかった。そして体が温まると、心にも余裕が出てきて頭を冴えてくる。

まずはこの状況を外部に伝えることが必要だ。唯一持っていた光彦の携帯は電池が切れてしまったから、それ以外の方法を探さなくては。
そこまで考えてハッとする。そういえば蘭が電話をしていたから、ルリアさんも携帯を持っているはずだ。

「ルリア姉ちゃん、携帯持ってる?」
「携帯? ……ごめんなさい、家に置いて出て来ちゃったの」
「そっか……お前ら、持ってる物を俺の前に出してくれ。何か出来ねえか考えるから」

ルリアさんの携帯も駄目。やはり今あるもので外との連絡手段を考えなくてはならない。

大尉を見ていて先程の男たちの会話を思い出した。俺たちが乗ったのが2丁目、そして3丁目と4丁目に荷物を届けた。それなら、次の届け先は5丁目と考えられる。
幸いにも、歩美が持っていた綿棒、光彦の持っていたタクシーのレシート、元太の持っていたかゆみ止めで暗号が作れそうだった。
タクシーのレシートの印字から、必要なアルファベットと数字以外を消していく。

「corpse……なるほど」
「ルリアお姉さん、コープスって何?」
「英語で死体って意味よ」
「ああ。だから仕上げにこの冷蔵庫のナンバーを下に表示されてる数字から表せば、この車は死体を乗せてるって伝えられるわけさ」

出来た暗号のレシートを、不審がられないようにクシャクシャにして大尉の首輪に挟んだところで車がブレーキを踏んだ。
荷物を取りに奴らがくる。

「ルリア姉ちゃん、さっきと同じ場所で気絶したフリをしてて」
「え?」
「意識が戻ったって知られたらどうなるかわかんないから。早く!」
「え、ええ」
「おめーらは隠れるんだ!」

ルリアさんと大尉を遺体が入ったダンボールの側に残して、俺たちは奥のダンボールの向こうへ隠れる。まもなく扉が開いて、大尉が外へとかけていった。
あとは、安室さん(バーボン)が暗号を解いてくれるのを待つだけだ。

しかしトラックが7丁目へ移動しても、安室さんが助けに現れることはなかった。
荷物の量がだんだんと減り、隠れる場所がなくなっていく。加えて、奴らが扉を開けている間だけとは言え、ルリアさんの気絶したフリもそろそろ気づかれる可能性がある。

「光彦君、大丈夫? さっきから黙ってるけど……」
「ええ、なんとか。震えも止まりましたし……」
「光彦君っ……!」

歩美の声に光彦の方を見ると、話している途中で光彦がフラリと倒れた。倒れる前に慌ててルリアさんが抱きとめ、その冷たさに息を呑む。見ればその指先は凍傷を起こしそうになっていた。

最初はルリアさんで暖をとっていた俺たちも、そのうちパンイチだった灰原や歩美を優先するようになり、しばらく光彦はシャツ1枚で寒さに耐えていた。それが災いしたのだろう。
ルリアさんが自分の体とコートで光彦を包む。ギュッと音がしそうなほど、けれど苦しくはない程度に包み込んでその背をさする。
その傍ら、心配そうな表情を僕らにも向けてきた。

「みんなは大丈夫?」
「うん……」
「僕たちより光彦をお願い」
「ええ、そうね」

とりあえず光彦は大丈夫そうだが、このままだとルリアさんの体温にだって限界が来る。安室さんを待つだけじゃなく、別の方法も考える必要がありそうだ。

「本当なら、博士ん家でケーキ食べてるはずだったのによ……」
「横浜のケーキ屋さんだっけ?」

そういえばこのトラックは、このあと2丁目に戻ると言っていたはずだ。元太と歩美の言葉に荷物を漁ると、その内の1つに、ケーキの入った阿笠博士様宛の箱を見つけた。
これでもう一つメッセージを仕込める。



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