海月の夢見た世界

□ダンボールの中身
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ポアロが休みの日。海水浴のための人工海水の素を買いに行く傍ら、たまには寄り道してみようと思いたった。
よく行くところ以外はまだ知らないところも多い米花町。駅前のホームセンターで買い物を済ませた後、一旦マンションへ荷物を置いてもう一度家を出る。
マンションのエントランスの死角で、誰にも見られていないことを確認して杖を取り出した。

方角示せ(ポイント・ミー)

杖がスッと動いて北を指し示す。迷子になったらなったで姿くらましをすれば帰って来れるのだけれど、一応どちらへ向かうかは決めておこうと思う。
いつも行くポアロの方向は北だから、逆の南の方へ行ってみようか。主には住宅街の通りを当てもなく歩きながら、だいたいの感覚で南の方へと進んで行く。

途中、大きく重そうなダンボールを運ぶ2人組に出会った。目の前にあるマンションから出てきたところらしい。
何が入っているのかは知らないが、あんなものを本来の大きさと重さのまま運ばないといけないなんて、マグルは大変だ。私なら迷わず、軽量呪文のち縮小呪文である。

「おわっ」
「あ、おい!」
「……え、」

2人組の片方が足元の段差につまずき、バランスを崩したダンボールがその手から滑り落ちたのはその時だった。
ドサッという重そうな音が聞こえ、止められていたガムテープの端が少し剥がれる。中から零れるように現れたのは。

「……人の、腕……」

人形にしては柔らかそうで血色の良いそれ。まさか、本物……だろうか。

どうしたら良いか分からず立ち尽くす私の前で、ダンボールを落とした小太りの方がバッと勢いよく振り向く。その顔は焦りに染まっている。
続けてもう1人の痩せた方もこちらを見て、苛立ったような表情を見せた。

あの顔は、危ない。逃げなくては。
脳が警鐘を鳴らす。ここにいてはいけないと、固まった手足を無理やり動かす。
けれど、痩せた男が私の手首を捕まえる方が早かった。

「待ちな!」
「いやっ、放して!」

振りほどこうとするも、ガッチリ掴まれたそれたビクともしない。
元々、魔法使いは肉弾戦を得意としない。腕力や体力は一般人のそれと同じか、もしくはマグルより低い。ましてや男と女、敵うはずもない。

「あっ、っ……!」

側頭部への衝撃に意識が遠のく。
手首を掴む目の前の男にばかり気が向いていたが、そう言えば彼らは2人組だった。いつの間にか少しばかり平静を取り戻した小太りの方に、何かで殴られたらしかった。


なんであの時、走って逃げようなんて思ったんだろう。たとえ彼ら2人に不審がられようとも、姿くらましをすれば一瞬でこの場を去れたはずなのに。
痩せた男の顔は、今までに何度も見て来た「追う側」の顔だった。私を「獲物」と見定めて、捕らえるまではどこまででも追ってくる、そんな人たちの顔。

男の顔がこの世界へ来る以前のことを思い出させたのは確かで、意識を失っている間、私はいつかの記憶を見ていた。

「奴はいたか!」
「いや、こっちは駄目だ!」

昼間であるというのに薄暗い森の中。苛立ったような男たちの怒鳴りにも似た声が木霊する。
各々が自分の杖を持ち、中には銃を持った人間もいた。前者は魔法使い、後者はマグルのハンターである。

「くそ! あの魚め……!」
「チッ、また逃げられたか……」

悪態を吐く男たち。
本来なら、魔法使いはその存在を非魔法族(マグル)から隠し、非魔法族(マグル)は魔法使いの力を恐れる。互いが協力することなどあり得ないのだが、今回ばかりは勝手が違った。

相手が私なのである。魔法使いにとってもマグルにとっても、捕らえることで有益となる存在。
共通の大きな目標のため、ある意味、敵の敵が味方になったのだった。

周りに誰もいないことを確認して、どうにか逃げ切れたようだと深く息を吐く。

「っ! 放して!」

安心したのも束の間、手首を掴まれて抵抗しつつ振り向く。そこには、ギラつく目で私を見下ろす痩せた男の顔が。



「……ちゃん、ルリア姉ちゃん、大丈夫!?」
「はっ、はぁっ、……っ、コナン、くん?」

体を揺さぶられる感覚に意識を戻すと、視界に入ったのは焦ったような顔をホッと緩ませるコナン君の顔。それから、こちらを心配そうに見つめる4人の子供たち。
バクバクと鳴る鼓動を落ち着け、荒れていた呼吸を整えて周りを見る。そこにはいくつものダンボールがあり、伝わる揺れが乗り物の中だと教えてくれる。

大丈夫、落ち着け。さっきのはだたの過去の夢。それにあの時、私は確かに逃げ切った。誰にも捕まったりなんてしなかった。
そこまで考えてハッとする。

「男は!?」
「え?」
「2人組が、おっきなダンボールを運んでで、中から人の腕が……!」

そう、そうだ。私は確か、あの痩せた方に掴まれて、小太りの方に殴られて……。
まくし立てる私に、子供たちは思い当たることがあるよう。落ち着かせるような口調でコナン君が言う。

「そっか、それでここにいたんだねルリア姉ちゃん。……落ち着いて聞いてね」
「……? ええ……」
「あの2人は宅配便の配達員で、ダンボールの中に遺体を隠してる。それを見ちゃったルリア姉ちゃんを、自分たちのトラックの中に連れ込んだ」
「遺体、って……あの腕、やっぱり……」
「……うん。残念だけど、僕らが見つけた時にはもう……」

あの腕は見間違いなんかじゃなく、本当に人の腕だったんだ。なら彼らは、目撃した私の口を封じるために、気絶させてここへ連れ込んだということか。

「そういえば、みんなはどうしてここに?」
「実は、大尉がトラックに入ってっちゃったんだ。大尉を見つけたと思ったら、僕たちに気づかなかったみたいで扉を閉められちゃって……」
「そうなの……」

哀ちゃんの腕には、夕方になるとポアロに餌を強請りに来る猫、大尉が抱えられている。

それにしても、肌に当たる空気がなんだかとても寒い。思わず手をさすると、私の仕草に気づいたコナン君がすかさず説明してくれる。

「これクール便だから、冷蔵庫の中くらいの温度なんだ」

見れば子供たちも同じように凍えていて、光彦くんに至ってはなぜかシャツ1枚しか着ていなかった。これでは凍えてしまう。
凍える子供たちの横で、実は私は対して寒さを感じていなかったりする。顔や手や外気に触れている部分は寒いが、着ている服もコートも防寒呪文をかけているからだ。

どうすべきか。それを一瞬考えて、すぐに無意味なことと首を振った。
私の保身と、幼い子供たちの命。どちらがより大切かなんて考えなくてもわかる。
たとえこれで彼らが私から離れて行こうとも、正体がバレることになろうとも、子供たちを見捨てる後悔よりはマシなはずだ。

一度深く息を吸って、拳をグッと握り締める。それから、出来る限り穏やかな声で子供たちを手招く。

「……みんな、こっちへおいで」
「え? どうしたの、ルリアお姉さん?」
「私、こう見えて体温高いの。くっ付いていれば温かいはずよ」
「わーい!」
「本当ですか!」
「わ、すげー! 姉ちゃんあったけー」
「あ、おい、お前ら、」

コートの前を脱いで腕を広げる。早速飛び込んできた子供たちを後ろからコートで包み込めば、服にかけた防寒魔法が温めてくれた。
焦ったような呆れたようなコナン君と哀ちゃんも呼ぶ。

「2人もおいで」
「でも……」
「大丈夫だから、ほら」

先に暖をとる歩美ちゃんや元太君の声もあり、ようやく2人も私に側へ来る。隙間を作って2人も一緒に包めば、ホッとしたように頬が緩んだ。

「本当、体温高いのね」
「ありがとう、ルリア姉ちゃん」

寒さで強張っていた子供たちの表情が変わった。体が温まれば、心も温まって余裕が生まれる。これからどうするのか、それも考えやすくなるだろう。



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