海月の夢見た世界

□お詫びの品
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「ルリアさん、これを」
「……何ですか?」
「開けてみてください」

休み開けのバイトの日。
安室さんから渡されたのは、手のひらより少し大きいくらいの箱だった。サイズの割に、ずっしりとした重みがある。

「! これ……」

白くて薄型の機械。
中に入っていたのは、連絡先を教えてほしいと言われた時に安室さんが私に見せたもの。携帯電話という持ち運べる電話で、手帳のような薄型のそれはスマートフォンと言っただろうか。

「先日の"お詫び"です。結局、一緒に見に行けずに僕が選んでしまいましたが……気に入ってもらえますか?」

実は、僕のと色違いなんです。
なんて言いながら、安室さんが笑顔で自分の黒いそれを掲げてみせる。けれど、箱の中の白いスマホを取り出すことは、私にはできなかった。

「……気に入りませんか?」
「いいえ。嬉しいけれど……これ、安いものではないのでしょう? もらえません」
「ルリアさん……。確かに安くはないでしょう。けれど、貴女がスマホを持っていることは、僕にとって値段以上の価値があるんです。想う人と連絡が取れるようになりたいという、僕のわがままを聞いてくれませんか?」

想う、人。
サラリと紡がれたそれに、咄嗟に返す言葉が見つからず言い淀む。

「……これを使うには、毎月支払いをする必要があるって梓さんが言ってました。その分は、自分で払いますから」

引く気のない強い眼差しに折れてそう言えば、安室さんは嬉しそうに破顔した。

「今日のシフトが終わったら、手続きをしに行きましょう」
「……はい」

こうして携帯を手に入れた私は、以前の約束通り、安室さんに少しずつ使い方を教わることになった。とりあえずということで、今日は通話の仕方を教えてもらう。

「通話だけでもできるようにしておくと、だいぶ違いますからね。まず、このマークを押してください」

安室さんが指差したのは、少し曲がった細長い棒のようなマーク。これは電話の受話器を表していて、通話機能のマークだそうだ。言われてみれば、確かに受話器の形をしている。

「この連絡先(contacts)に相手の番号を登録しておけば、ボタン一つで電話をかけることができます。今は一つだけ、僕の番号を入れてあります」
「……これ?」

そのリストには確かに一つだけ、「Toru Amuro」の表示がある。言われたように安室さんの名前を押してみると、画面が切り替わって、安室さんのスマホから音楽が流れ出した。

「何?」
「この音で、電話が来たことを知らせているんです。僕の画面を見てください。……この、緑のボタンを押せば電話に出られます」
「こっちの赤色は?」
「これは電話に出たくない時に。通話中に押せば、通話を切ることができます」


安室さんとそんな会話をした、次の日。

「……あれ? ルリアさん、携帯買ったんですか?」
「え? ……ああ、これ。安室さんに貰ったの」

ポアロでのバイト終わり、帰ろうとしたところで帰宅してきた蘭ちゃんに会った。その目は、私の手元のスマホに向けられている。
安室さんからのものだと伝えると、その視線に生暖かさが混じった。

「なるほど……」
「……蘭ちゃん?」
「いえ、何でもないです。それよりルリアさん、私とも連絡先交換してください!」
「ええ。……やり方わからないから、やってくれるのなら」
「もちろんです!」

とりあえず通話の方法だけ聞いて、その先のことはまだわからない私。それでも、蘭ちゃんは笑顔で頷いてくれた。

蘭ちゃんが自分の携帯を取り出し、私のものと両手に持って操作し始める。板のような私のスマホと違って、この間の事件で一度見た蘭ちゃんのそれは折りたためるものだった。
蘭ちゃんの携帯は真ん中辺りから、紫色の楕円形のストラップが下がっている。棘があるそれには、目と口があって、何かのキャラクターのようだ。

「それ何?」
「……え? ああ、これですか? ナマコ男のストラップです。新一……えっと、幼馴染と水族館に行った時に買ったんです」
「すいぞくかん?」
「えーと……水族館、アクアリウムです。海や川の生き物を水槽で見れる施設で、この近くにある米花水族館に行ったんですよ」

海の生き物を、水槽で見られる……。
海は第2故郷であり、第2の私の家だ。そこに住む生き物を地上で見ることができる施設というのに、私はとても興味を引かれた。
どのくらいの生き物がいるかはわからないけれど、魔法を使わずに、マグルは海水をここまで運んできているということ。
このスマホと同じように、そちらにもマグルの科学技術とやらが使われているのだろうか。

「……こんなに海から離れたところへ、海水を運んで来てるの?」
「……えーと……、すみません、流石にそこまで詳しく知らなくて……」
「ううん。私こそ、ごめんなさい」

そんな会話をして、連絡先を交換した日の夜。さっそく蘭ちゃんから、電話がかかってきた。
画面には「Ran Mori」の文字が表示されている。安室さんに教わった通り、緑のボタンを押すと蘭ちゃんの声が聞こえた。

「もしもし、ルリアさん? 蘭です。こんばんは」
「こんばんは、蘭ちゃん」
「あの、今日話してた水族館の海水の話なんですけど、幼馴染に聞いたら、人工海水っていうのを使ってるって言ってました。特別な塩を水に混ぜると、ただの塩水じゃなくて海水と同じ成分の塩水なるから、魚たちが生きていけるんだそうです」
「人工海水……」

そんなものがあるなんて、考えたこともなかった。もし、それを手に入れられたら、家のバスルームでも海を再現できるのだろうか。
期待にはやる気持ちを抑えられず、口調が少し早くなる。

「蘭ちゃんっ、その人工海水っていうののための塩、私も欲しいのだけど……っ、」
「あ、はい、ホームセンターとかでも手に入るみたいなので、大丈夫だと思います」
「ホームセンター……本当?」
「はい、そう言ってました」
「ありがとう!」

蘭ちゃんからの嬉しい情報を得て、私は上機嫌のまま通話を切った。
マグルの中で生活している手間、魔法で運んでくることはできないからと諦めていた海水の入手。それが、こんな形で叶うなんて思ってもみなかった。
早速、明日の休みにでも探しに行ってみようと思う。



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