海月の夢見た世界

□左側の衝撃
1ページ/1ページ


リビングで一人待つことしばらく。

「ルリアさん、お待たせしました」

戻ってきた安室さんは、リビングを一通り見て回った後にテレビをつけた。彼が次々見ていくものは銀行強盗のニュースで、同じような内容だが、少しづつ表現が違っていたりする。

「それは……?」
「ああ、ニュースの録画ですよ。この部屋の主は、この強盗事件に相当な関心を持っていたようですね」

それが何を意味するのかはよく分からなかったけれど、安室さんはそのニュースを毛利さんと蘭ちゃんにも見せた。
録画というのは多分、テレビの映像を残しておける機能なんだろう。さっき見たものと、全く同じものが流れている。
この強盗のせいで男性が一人亡くなっていたのだが、それが樫塚さんの兄と紹介された人らしい。ただし、ファミリーネームは樫塚ではなく庄野だったけれど。

その後すぐ、今度はパソコンを調べるのだと、安室さんは毛利さんと蘭ちゃんを連れて再びリビングを出ていった。けれど、しばらくして次に戻ってきたのは安室さん一人だった。

「ルリアさん、出られますか?」
「あ、はい。でも、毛利さんと蘭ちゃんは? それに、コナン君と樫塚さんも、さっきからずっと見かけませんけど……」
「毛利先生と蘭さんには、先に下に向かってもらいました。続きは、歩きながら話しますよ」

何やら急いでいるらしい安室さんに手を引かれ、私たちも樫塚さんの部屋を後にする。部屋のロックはいらないのだろうか。
エレベーターに乗り込むとようやく掴まれていた手が離れ、彼は簡潔に今の状況を説明してくれた。

毛利探偵事務所のトイレで亡くなった男と、スーツケースに入っていた男。それからもう一人。その2人と一緒に写真に写っていた女があのニュースの強盗犯3人組であり、これから3人目の女強盗犯の家へ向かうらしい。
そしてなんと、樫塚さんは既にそこへ向かったかもしれないということだった。しかも、コナン君を誘拐した上で。

「その女性の家、わかるんですか?」
「ええ、メールに住所が載っていましたから。……すみません、また送るのが遅くなってしまいますね」
「……それより、早くコナン君を」
「ええ、もちろんです。急ぎましょう」

先に車に戻っていた毛利さんと蘭ちゃんが、来た時と同じく後部座席で待っていた。私が助手席に座ったのを確かめて、安室さんは車を出した。

車を走らせて少しして、蘭ちゃんの携帯にコナン君から連絡が来ていたことが分かった。どうやらあの子は、自ら樫塚さんについていったらしい。
それでもやはり心配ではあって、蘭ちゃんは先ほどから携帯を握りしめたまま、浮かない顔をしていた。何か言葉をかけてあげたいけれど、こんな時、何と言ったら良いのかわからない。
そんな私の隣で、ミラー越しに蘭ちゃんを見ながら安室さんが声をかけた。

「気休め程度にしかならないかもしれませんが、今すぐコナン君に危害が加えられる恐れは少ないと思いますよ。警察が動いた時のためにも、人質には生きていてもらわなければなりませんから」
「だが、彼女の目的が残りの強盗犯を殺害することなら、その巻き沿いになるってことも……」
「お父さん!」
「ええ。ですから、彼が危険な状況にあることは変わりません」

安室さんと毛利さんの会話に蘭ちゃんの表情がまた硬いものになる。毛利さんの携帯に着信があったのは、そんな時だった。

「何!? 小僧を乗せた車が大石街道を北上してるだと?」
「大石街道ってこの道じゃない!」
「よかった……コナン君、近くにいるんですね」
「そのようですね。毛利先生、車の特徴は?」
「ちょっと待て! ……青い小型車。ナンバーは?」

青い小型車。マグルの車の大きさなんてよくわからないけれど、とにかく青い車なのだろう。台数の多い白や黒ならわからなかっただろうが、青なら私にも探せるかもしれない。
毛利さんの言葉に青い車を探そうと周囲に目を走らせたとき、安室さんの鋭い声が車内に響いた。

「何かにつかまって!」
「え? きゃあっ」

その言葉の意味を理解するより早く、体が外側に引っ張られ、車が反転する。安室さんが、コナン君の乗った車を見つけたらしい。
よくよく前を見ると、確かに、何台か前に青い車があった。あれに、コナン君が乗っているのだろう。
前を走る車を左へ右へと避け、追い越しながらスピードを上げる安室さん。ついに青い車の横に並び、コナン君と樫塚さんともう1人、知らない女性の姿が確認できた。
これからどうするのかと思っていれば、更に車を加速させ、追い抜こうとしているよう。

「毛利先生。先生はそのまま右側のシートベルトを締めていてください。蘭さんはシートベルトを外して毛利先生の方へ」

突然の安室さんに指示に、蘭ちゃんが困惑しながらも従って毛利さんのそばによる。続けて、安室さんは横目で私を見た。

「ルリアさんも、シートベルトを外してこちらへ」
「? はい……、あっ」

シートベルトを外したと思ったら、安室さんの腕が左肩へ回され、運転席の方へ移動させられていた。
本来1人で座るシートに2人。若干、安室さんの脚の上に乗っているような体勢だ。

「え、あの、」
「僕に掴まっていてください」

言うが早いか、肩にあった安室さんの手が外れ、私の左側にあるレバーに添えられた。バランスを崩しかけて、思わず安室さん服を掴む。
再び安室さんの左手が私の肩を抱いた、次の瞬間、ものすごい衝撃が走った。

「きゃあああっ!」

先ほどまで座っていた助手席が曲がり、ガラスが割れ、車の側面は見事に変形している。ガラスのなくなった窓の向こうに青い車があり、ぶつかったのだということを遅れて理解した。
心臓が高く脈打つのを止められない。マグルの乗り物は、なんて危ないのだろう。それに、左肩を中心に体中が熱い気がする。

その場から動けない私とは違い、蘭ちゃんはコナン君の方へとかけていった。毛利さんも、もちろん安室さんも外へ出ていく中、私だけはその場から動けなかった。

「ルリアさん? 大丈夫ですか?」

ようやく落ち着いた頃、安室さんが扉に手をかけながら私へ声をかける。
外は既に、一件落着したようだった。

「……はい。平気です」
「とてもそうは見えませんが……あ、怪我してるじゃないですか!」
「……え? あ、ほんと……」

先ほどのガラスの破片で切ったのだろう、左の太ももに傷が出来ていた。といっても擦り傷で、エピスキーの一言で治る程度のものだが。それでも安室さんは相当気にしてしまったようだった。

「ほんとに大丈夫です。ただのかすり傷ですから」
「いえ、大きさではなく……貴女に傷をつけてしまったという時点で大問題なんです。それに、今日はもう、送って行けそうにありませんし……」

ぶつけたことで、左側半分が変形した己の車へと視線を向ける安室さん。この車は多分もう、動くことはないのだろう。
レパロで直してあげたいけれど、魔法のことを知られるわけにはいかないから進言は出来ない。

「……なら、お詫びを」
「え?」
「さっき言ってたじゃないですか。今日の埋め合わせをしてくれると。それを期待してます」
「! ……はい、期待していてくださいね」

苦笑をする安室さんに見送られて、この日は結局、警察の車で自宅へと送り届けられた。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ