海月の夢見た世界

□伸び耳と盗聴器
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部屋の前まで樫塚さんを送り届けた私たち。もう大丈夫だと言う彼女に、当然、ここで別れて車へ戻るのだろうと思った。けれど……その考えが甘かったのだと、コナン君の声に気づかされた。
お手洗いを貸して欲しいというコナン君。まあまだ子供だし、仕方ないかなと思う。
コナン君だけならまだしも、なぜか安室さんと毛利さんまでお手洗いを貸してほしいと言い出した。結果、お茶くらいならという彼女に、私と蘭ちゃんまでお邪魔することに。

入ったリビングのテーブルの上には食事の跡がそのまま残っていたが、それ以外、部屋の中は比較的片付いていた。
壁にかけられた絵。その下やドアの隣に置かれた棚には、いくつもの本が入っている。

「……何か気になることでもありましたか?」
「……え? どうしてですか?」
「いや、とても興味深そうに見ていらしたので。何か気づいたことでもあったのかと思ったんですが……その様子では違ったみたいですね」

何か言いたげな安室さんの視線には気づかないフリをして、再び部屋へ意識を向ける。
マグルの家に入るのなんて初めてのことで、そこにはどんなものがあるのかと、つい見回してしまっていた。
この世界の私の家にあるものとそう変わらなかったが、この部屋にあるものの方が使い込まれている感じがする。実際、これらはちゃんと使われているのだろう。

佐藤さんに使い方を教えてもらいはしたが、電気で動くいくつもの機械を、私は満足に使えてはいなかった。
ガスだったから料理は自分でもできるが、それでも魔法で調理することもある。洗濯、掃除、洗い物なんかは基本的に魔法でやってしまう。

その中で唯一、テレビだけはちょこちょこ使っている。新聞が手に入らない今の状態では、情報の仕入れ先としてテレビは優秀だった。
新聞だってその辺のコンビニで売っていないこともないけれど、それは日本語。読み書きが英語か古代ルーン語しか出来ない私には無理な相談というものだ。

毛利さんがリモコンを操作する。ピッという電子音の後、少し無機質な声が先程の毛利探偵事務所での自殺のニュースを伝え始めた。

──本日午後4時頃、米花町5丁目にある毛利探偵事務所のトイレの中で、男性が拳銃自殺するというショッキングな事件が起こりました……

それを見た蘭ちゃんが、安室さんのものとはまた少し違った形の携帯を取り出した。自殺した男の持っていたものと同じで、蘭ちゃんのそれは折りたためるもの。
電源を落としていたらしい携帯を蘭ちゃんが起動する。するとすぐに音が鳴って、次の瞬間、周りの私たちにも聞こえるくらいの声が響いた。
少し途切れ気味ではあるものの、こちらに届くほど漏れ出る声を聞くに、電話の相手は蘭ちゃんの友達で、心配して電話をくれていたみたいだ。

「……ごめん。なんか声、途切れてて聞き取りづらいみたい……もしもし、世良さん? そっちはちゃんと聞こえてる?」

蘭ちゃんが相手の勢いに驚いていたのは少しのことで、途切れる声に、自分の声が向こうに聞こえているかの確認を取る。
携帯は声が途切れるような時もあるのか。そんなことを思った時、安室さんが背後から蘭ちゃんの携帯へ手を伸ばした。そのまま流れるような動作でボタンを押す。戸惑う蘭ちゃんの様子に、通話が切られたのだと気づく。

「しっ!」

口元に人差し指を立てた安室さんが、真剣な目を蘭ちゃんに向ける。そのまま樫塚さんを振り返り、衝撃的な言葉を発した。

「圭さん。もしかしたら、この部屋……盗聴されてるかもしれません」
「ええっ!?」
「盗聴……誰かが近くで聞いているってとこですか?」
「相手の居場所まではわかりませんが……」
「でも、どうしてそんなことわかるんですか?」

蘭ちゃんの疑問は私も気になるところ。軽く部屋の中を見回してみるも、伸び耳のような怪しいものは見当たらなかった。
私は使ったことはないが、悪戯好きなウィーズリーの双子が作ったという商品に中に、伸び耳という盗聴道具があったはずだ。あれは確か、糸で繋がった二つの耳を使って、離れたところの音を聞くというもの。

蘭ちゃんに答えたのは、その問いを向けられた安室さんではなく、毛利さんだった。

「さっきの蘭の携帯だな。盗聴器が仕掛けられてると、携帯が繋がりにくくなることがあるんだ」
「さすが毛利先生! 圭さん、これから全室を回って盗聴器の設置場所を突き止めますけど、構いませんよね?」
「5分だけ待っててください、散らかしっぱなしで……」

声が途切れているだけで、盗聴されているこがわかるなんて。

部屋中を回って盗聴器を探すという話に、樫塚さんが片付けにリビングを出て行く。
安室さんは、さっそく黒い機械を取り出して何やら準備を始めた。その様子を横から覗き込む。

「それを使うと、盗聴器の場所がわかるんですか?」
「ええ。音楽なんかを流している中で、これを盗聴器に近づけると音がするんです。興味がありますか?」
「……少しだけ。盗聴器ってどんな形してるんですか? 聞く機械なら、やっぱり耳の形?」
「耳の形……?」

この部屋のどこに、伸び耳のようなものがあるのだろう。マグルの使うそれも、似た形をしているのだろうか。
そう思って尋ねたことだったが、安室さんはキョトンとした顔で繰り返した。そして、言葉を探すように苦笑する。

「えーと……中にはそういうものもあるかもしれませんが、こういった部屋に仕掛けられてるものはコンセントとかが多いですね」
「コンセント……」
「はい、例えばこれなんか怪しいですよ」

安室さんが部屋の隅のコンセントの、その上につけられた小さな四角いものを指す。各面にコンセントと同じような細長い2つの穴が空いている。これは電化製品をたくさん使う時、足りないコンセントの穴を増やす為のものだそう。
なるほどこれなら、伸び耳のように明らかに怪しい形ではないから、気づかれにくそうだ。加えて、伸び耳のように直接糸で繋がっているわけではないらしく、離れた場所にいても聞けるのだとか。

「圭さんが戻ってきたら、答え合わせですね」
「……はい」

こんな状況で何を、とは思うけれど。魔法族(わたしたち)には考えつかないような盗聴器の捜索を、密かに楽しみにしている私がいた。



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