海月の夢見た世界

□おかしなところ
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事件の流れはこうだ。
依頼人である女性、樫塚圭さん。彼女が約束通り探偵事務所を訪れると、毛利さんの助手だと名乗る男に出迎えられた。依頼は鍵について。気絶させられた後、どこの鍵なのか尋問され、トイレに監禁されていた。居場所がバレ、逃げられないと判断した彼は自殺。そこに私たちが居合わせたというわけだ。

その話を聞いて最初に、あれ、と思った。私が事務所へ上がっていく姿を見たのは男性で、樫塚さんの姿を見た記憶がない。もっとも、ずっと通りへ意識を向けていたわけではないから、その時に樫塚さんが事務所へ上がったことももちろん考えられるけれども。
数時間前、ここだなと、そう呟いて階段へ向かった男性の服装は確か……。

「……安室さん、」
「はい、どうかしましたか?」

隣にいる安室さんの袖を引く。私の記憶が間違っていないのなら、きっと。

「あの、亡くなった男性って……茶色いジャケットを着た人ですか?」
「! 知ってるんですか?」

安室さんのこの反応。やっぱり私が見た男性が亡くなった男のようだ。

「いえ。ただ、事務所へ上がっていくのは見たけれど降りてきたのは知らないから、その人かなと思って……」
「それ、何時頃かわかります?」
「えっと……1時前くらいだったと思います」
「……なるほど。因みに樫塚さんは見ましたか?」
「いいえ。でも、テーブルに向かってたり、梓さんを手伝ったり……私もずっと外を見てたわけじゃないので、気づかなかっただけかもしれません」
「いいえ、貴重な情報ですよ。ありがとうこざいます」

見逃していたかもしれないなんて、大した力にはなれそうにない私の情報に礼を言って、そして、その動きが私を見つめたまま停止する。彼が止まるようなことを、言っただろうか。

「……ルリアさん、」
「はい」
「まさかとは思いますが、仕事してたんですか? 僕を待つ間ずっと?」
「ずっとではないですけど……1時間くらい、梓さんを手伝ってました。仮にも従業員ですし、何もせず席を占領してるのもどうかと思って……」
「それは……重ね重ねすみません」
「……安室さんが謝ることじゃないです。今は早く、この事件を解決してください」
「! わかりました。任せてください」

確かに、思いの外待たされたのは事実だけれど、それは依頼人の所為でなかなか会えなかったため。携帯なら、また後日買いに行けば良い。

私の言葉に肯定して、安室さんは目暮さんや毛利さんの話へ意識を戻した。私も、わからないなりに話を聞く。

自殺した男の持ち物にはおかしな点があるらしい。携帯の履歴や電話帳に、何も残っていないのだと言う。
これがどうおかしいのかさっぱりわからない。安室さんは使い方を教えるなんて言っていたけれど、やっぱり私には携帯なんて使えない気がする。

それに、たくさんの硬貨を持ち歩くことは、マグルではおかしなことに入るらしい。
言われてみれば、向こうでもマグル出身の生徒の親が、ポンドの紙幣をガリオン金貨に変えていた。ポアロのお客さんたちも、紙幣が使えるような金額の時、硬貨ばかりで支払いをする人はいない気もする。
まだレジ打ちは練習中で付き添ってもらわなければならず、比較的暇な時以外は横から見ているだけだけれど、多分そういうことなんだろう。

「では、明日改めて事情聴取しますので……住所と連絡先を教えていただけますかな?」
「はい……」
「あ……」
「ルリアさん? どうかしましたか?」

私の小さな声に反応した安室さんに、何でもないと首を横に振る。マグルにとっては、本当に「住所」と「連絡先」は別のものなんだと、今の目暮さんの言葉で思った。
目暮さんと樫塚さんの会話はとても自然で、周りも特に気にしていなくて。昨日の、自分の安室さんへの返答の不自然さが思い出された。

目暮さんと樫塚さんの間で話が纏まる。とりあえず、この場はこれで終わりらしい。
すっかり暗くなってしまったなと窓の外へ視線をやると同時、隣の安室さんが樫塚さんへ提案した。

「あの、家に帰るなら、僕の車でお送りしましょうか? 近くの駐車場に停めてありますし……もしかしたら、あの男の仲間が貴女の家のそばで待ち伏せしてるかもしれませんしね」
「わざわざすみません……」
「いえいえ、礼には及びませんよ。あ、もちろんルリアさんも」
「え?」

樫塚さんを送ると申し出た安室さんが、続いて私の方へ振り返る。こちらを向いた瞬間は笑顔だったけれど、すぐに申し訳なさそうにその顔を曇らせた。

「結局、待たせてしまっただけでしたから……せめて送らせてください」
「でも……」
「今日のお詫びに、ね? ……なんて。本当は、もう外も暗いですし、こんな時間に貴女を1人で帰したくないという僕のわがままです。今日の埋め合わせは、また別の日に必ずしますから」
「……はい」

苦笑を浮かべる安室さんに折れ、家まで送ってもらうことにした。
事務所全体に解散の雰囲気が流れ始める中、目暮さんの視線が安室さんと、そして隣の私へも向けられる。

「ところでだ……なぜ彼がここにいるんだね?」

その疑問に答えたのは毛利さんだった。ちょっと得意げに声が弾んでいる。

「実は安室君、私の一番弟子になったんスよ」
「で、弟子? また毛利君の周りに探偵が1人増えたわけか……。それなら彼女も君の?」

続く問いには高木さんが答える。

「彼女はルリア・ナイトレイさんですよ、警部。この間の首都高の事故の時の……」
「ああ、君と佐藤君が言っていた記憶喪失の女性か」
「ええ。今日は安室さんと会う約束をしていたらしくて、彼女も第一発見者の1人です」

この後、毛利さんと蘭ちゃん、コナン君まで樫塚さんを送って行くと言い出した。
結局、全員で安室さんの車に乗り、まずは樫塚さんのマンションへと向かったのだが……いかんせん、定員オーバー感が否めなかった。

拡張魔法使いたい。
これほどまでに、この呪文を唱えたいと強く思ったことがどれくらいあっただろうか。

運転する安室さん、その横に樫塚さん。後ろの席に毛利さん、蘭ちゃん、私。そして更に、蘭ちゃんの膝の上にコナン君。
これが魔法族の車なら見た目に反して中が広くなっているのだが、マグルとしては明らかに問題だと思われる。樫塚さんの家へ向かう車の中、後部座席で思ったのはそんなことだった。



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