海月の夢見た世界

□私という存在
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「初めまして!蘭の親友の、鈴木園子でーす」
「……ルリア、ナイトレイ……」

学校帰りだろう制服姿の蘭ちゃんが、同じ制服を着たショートカットの少女とポアロへ来たのは、人生初の告白を受けた翌日のことだった。
とてもいい笑顔で自己紹介をする彼女に、呆気にとられつつもなんとか名前だけ返す。そんな私を上から下まで観察するように見た園子ちゃんは、嬉々として蘭ちゃんを振り返った。

「すっごい綺麗な人じゃん! で?」
「で、って?」
「この美少女に告白したっていうイケメンよ! ここにいるんでしょ!?」

園子ちゃんの顔がいっそう輝く。
美少女と、その美少女に告白したイケメン……もしかしなくても、これは私と安室さんのことか。
蘭ちゃんのその顔もまた、苦笑しつつも笑顔だった。

「もう園子ったら……すみませんルリアさん。今日安室さんいますか?」
「安室さん、今日は午前中よ。私は午後からで会ってないけれど」
「そんなぁ……」

よくわからないが期待が大きかったんだろう、園子ちゃんの落胆の声が店内に響いた。
今日の安室さんは午前中までで、とっくに帰った後。ちなみに、梓さんは奥で休憩中。店内には今、私と彼女たちだけ。
私の返答に残念がる2人だが、むしろ私は彼女たちのその反応に首を傾げたい。

「……2人とも、ご注文は?」
「えっと、私はミルクティーお願いします」
「あ、じゃあ私もそれで」
「はい、お待ちください」

注文を取ってカウンターの中へ戻る。
両親が生きていた頃も、知り合いに引き取られた後も、良く飲んでいた紅茶だけは自信がある。気に入ってくれたようで、蘭ちゃんはよく紅茶を頼んでくれるようになった。

少しの間気落ちしていた園子ちゃんは、しかし、すぐに気をとりなおして私に向き直った。

「でさ、ルリアさん、そのイケメン振ったってほんと?」
「え? ええ、まあ……」
「えー、もったいなーい……」

今は2人の他にお客さんがいない。そのためか、注文された飲み物をテーブルに持って行く間も園子ちゃんの言葉が途切れることはない。

「でも園子、話したでしょ? ルリアさん、今大変なんだから……」
「それはそうだろうけど……あ、」

納得いかないと全身で語るように、テーブルに項垂れる園子ちゃん。それが少しして、閃いたとばかりに顔が上げられる。
その表情は、ポアロに入って来た時と同じくらい輝いていた。

「……そうよ、こんな美少女が誰のものでもないなんてあり得ないわ。記憶にないだけで、ルリアさんには彼氏がいるはずよ!」
「確かに……ルリアさん美人ですもんね!」
「そんな人いないと思うけど……」

何かと思えば……。
しかし、苦笑と共に否定しても、2人は納得してくれそうになかった。

これに関しては、思う、というよりいないと断言できる。
先日判明した通り、ここが別の世界だというのなら、間違っているのはこの世界での私の経歴であり、私の記憶には問題ないはずだから。
そして、私は未だかつて、誰かと付き合ったことなどない。そもそも、誰かに好意を抱いたことも、誰かから純粋な好意を抱かれたこともない。

自分で言うのもなんだが、私の顔は整っている。それは幼い頃からよく言われてきたことであり、私自身が自覚していることでもあった。
この容姿は、母の影響が大きい。私の母はセイレーンだった。上半身が人間、下半身が魚、所謂人魚とも呼ばれる種族。
セイレーンとは、元々、海賊をその美しい容姿と声色で誘い、船を沈める怪物のことを指す。その血を受け継ぐ私の容姿は、世間一般で美少女と呼ばれるものだった。

セイレーンの魅惑の力を使えば、異性の心を意図して自分に向けることができる。
またこの血の影響で、特にコントロールの効かなかった子供の頃は、意図せず異性を惑わしてしまうこともあった。
けれどそれは、ある種の催眠のような、一過性のもの。純粋な好意とは言えない。

「うーん……じゃあ、ルリアさんの好みのタイプってどんな人?」
「あ、私も気になります」
「タイプ? そうね……」

なかなか引き下がらない園子ちゃんに、今まで聞かれたこともなかった、自分が好む異性のタイプについて考えてみる。
確かに考えたこともなかったけれど、それは自然と自分の中で決まっていたらしかった。

「どんな生き物(わたし)とでも、一緒に生きてくれる人、かな」

魔女である私。セイレーンである私。ここでは、別の世界の住人である私。そして───

「自分の全てを受け入れて、愛してくれる人ってことですね! とっても素敵です!」
「……ていうかそれ、恋人すっ飛ばして理想の旦那のタイプじゃない! ルリアさんいくつなの?」
「19よ」
「うそっ、2つしか変わらないの!?」

大人っぽいから梓さんと同じくらいかと思ってた。梓さんとだってそれほど変わらないが、そう言う2人は私の二つ下の17歳だそう。確かに、彼女たちとの方が歳は近い。


2人が帰った後。
梓さんと2人、新しく来たお客さんへと注文品を運びながら、先程までの自分を思い返して嘲笑が浮かぶ。
ふと目を落とした両手は一見なんともないけれど、この手は既に血に濡れている。そしてこの体に流れる血は、肉は、多くの人々の争いの元になる。

私の、全てを受け入れてくれる人。そんな人がいたら確かに素敵だなと思う。
実際、パパにはママが、ママにはパパがいた。互いが互いの立場を受け入れ、決して簡単ではない、共に生きる道を選んだ。

そんな、両親のような関係を築ける人が、私にも現れるかもしれないなんて。意識したことはなかったけれど、私はそれを望んでいたらしい。
思わず自嘲の笑みが漏れた。

魔女であり、セイレーンであり、別の世界の住人であり───人殺しであり、戦争の起爆材である私を受け入れてくれる人間なんて、いるはずがないのに。



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