海月の夢見た世界

□焔中の少女
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少年探偵団の奴らと、博士の運転で出かけたキャンプの帰り。米花町へと向かう途中の首都高で、その事故……いや、事件は起こった。

俺たちの隣を走っていた車が急に減速したと思ったら、同じく減速した後続の車が爆発した。更に、後ろを走っていた車数台が玉突き状態になって燃えた。
最初に爆発した車以外に乗っていた人たちは逃げ出したようだったが、その爆発した車に乗っていた夫婦が死亡。最初に減速した一番前の車の運転手が犯人で、強くブレーキを踏むと爆発するよう細工していた。

犯人と被害者夫婦は同じ研究所に勤めていて、共に薬の研究をしていた。
その薬を独占しようと考えた犯人が、共同研究者の夫婦を唆し、研究所で火事を起こさせ、更に研究データを奪った上で彼らを殺害。1人だけ生き残った犯人が薬を手に入れる、という筋書きだったらしい。
もちろん、犯人には夫婦殺害の証拠を突きつけ、彼は警察に連行された。

所持品検査の際に犯人の持ち物から見つかった、研究ゲータが書かれた書類。これが今回の事件の引き金となったわけだが、蓋を開けて見れば、表紙と目次以外は新聞紙の束だった。
本物は、自分たちの命が狙われていることに薄々気づいていた夫婦が、研究所の火事で全て燃やしていたことが判明した。
ちなみに、タイトルは「希少生物の摂取による身体年齢の回帰と絶命の回避」だった。少し遠回しな言い方をしているが、要約すれば、希少生物で不老不死を手に入れようということ。非現実的にもほどがあるが、犯人は夫婦を殺害してまで欲しかったらしい。

そうして事件も無事解決し、さぁ帰ろうかという時だった。

「あれ、何だろう?」
「何かあったんですか? 歩美ちゃん」
「ほら、車の中に何かあるよ」
「ほんとだ! 何だー、あれ?」

探偵団の奴らが、火が消えた一台目の車を指差していた。窓ガラスが割れて中が見える後部座席に、白っぽい塊が微かに見える。

「な、中に、後部座席に人がいます!」
「何だって!?」

運転席と助手席の遺体が運び出された後の車の中。後部座席から発見されたのは、布をかけられ、まるで隠されたような全身ずぶ濡れの女性だった。
俺も慌てて車の方へ駆け寄り、警察の間を縫って、ストレッチャーの上へと移された女性へ近づく。現場に漂う、焦げ臭さやガソリンなんかとは別の香りが鼻をついた。

「磯の香り……海水か」
「どういうこと? 海で濡れたまま車に乗ったとでも言うの?」
「それはまだわからねぇが……彼女を濡らしてんのは、間違いなく海水だ」

爆発によって燃えていた車は、確かに放水で消火された。それなら、彼女が濡れていることの説明はできなくもないが……海水というのはどういうことだ。
そもそも、あの炎の中にいたとは思えないほど、彼女の肌は綺麗だった。
服の裾から見えた手足や首、顔。そのどこにも火傷の痕はなく、代わりに、小さな切り傷や擦り傷がいくつもあった。もっとも、それも数日で消えるようなものだったが。
彼女の着ていた比較的シンプルなブラウスにスカート、パンプス。その上の黒のローブ。色素の薄い髪につけられた真っ赤なサンゴの髪飾りと、その手に握られた木の棒が、同じようにほぼ無傷で残っていた。


翌日。彼女が目を覚ましたら教えて欲しいと頼んでいた高木刑事から、お昼休みになって連絡がきた。

「もしもし、高木刑事?」
「ああ、コナン君。実は、昨日の女性が目を覚ましたから連絡したんだけど……」

電話越しの声は歯切れが悪く、高木刑事の困惑する様子が伝わってきた。

「あのお姉さん、どうかしたの?」
「うんそれが……記憶喪失みたいなんだ」
「記憶喪失? それって昨日の事故で?」
「そこまではわからないけど、昨日のことも覚えてないし……。何より、自分自身のこともわからない部分があって、これからどうしたら良いのか……」

高木刑事曰く、警視庁からイギリスへデータベースの照合を依頼した結果、彼女のデータが見つかったそうだ。
ルリア・ナイトレイ、19歳。昨日の事故で亡くなった夫婦の一人娘で、両親と同じイギリス人。昨日の日付けで入国の履歴がある。
両親が勤めていたという研究所で彼女も働いていて、例の火事の後、両親と共に日本へ移住してきた。それが、ちょうど昨日のことだったらしい。

しかし、目を覚ました彼女が落ち着くのを待って話をしたところ、それとは全く異なることを言い出したという。

彼女の両親はもう何年も前に亡くなっており、死因も違う。また自分自身についても、日本に来たことはなく、最後の記憶でも自分はイギリスにいたと言った。
ただ彼女は、彼女自身にそれを覚えた記憶はないらしいが、日本語を流暢に話せたそうだ。それも、事情聴取に全く問題がない程度に。
警察の調べによると、彼女の両親は日本語を話せる人で、彼女も日本語を習っていた。そして、両親はもちろん彼女自身も、何度も来日したことがあると出入国履歴から確認されたそうだ。

これら、事実と彼女の主張の相違から、記憶喪失と判断されたということだった。もっとも、彼女が海水で濡れていた理由はそれでは説明がつかないが。

「そうなんだ……面会はできそう?」
「ああ、それは構わないよ。彼女の意識はしっかりしてるから。それに、君たちが彼女を見つけてくれたわけだしね」
「ありがとう、高木刑事」

放課後、彼女の元を訪ねると伝えて通話を切った。

「コナン君、昨日のお姉さんに会いに行くの? 歩美も行きたい!」
「俺も行くぞ!」
「僕も。容態が気になりますしね」
「そうね」
「珍しいじゃねぇか灰原。お前が積極的に参加するなんて」
「別に。彼女からは特に嫌な感じもしなかったし、私だって気になるもの」
「……ああ。俺も、気になることがある」

無傷の体、それを濡らす海水、混濁した記憶。
いくつもの不可思議な点を持つ女性。その謎を解き明かしたいと、無意識のうちに気持ちが高揚していた。



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