夢卜アレキサンドライト

□「3」のFAX
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「……特殊犯係への異動を願い出た?」
「ああ」

カフェにやって来た松田がそんなことを漏らしたのは、萩原と会ってミルクティーとモンブランシフォンを貰った翌週だった。

「今の所属って、爆発物処理班でしょう?」
「ああ、警備部機動隊」

松田は萩原と同じ、警察官は警察官でも、爆弾解体を専門とする部署に配属されていたはず。

「良く知らないけど、特殊犯係って今までのところと全然仕事内容が違うんじゃないの?」
「まあな。……爆破犯なんかを扱う部署だ」
「……ああ、そういう」

……つまり、ちょうど去年の今頃、例の爆弾を仕掛けた犯人を自分の手で捕まえようというわけだ。自分が解体した爆弾を仕掛けた犯人であり、萩原を爆死未遂に追いやった犯人を。

「……で? そんな機嫌悪そうにしてるってことは、希望は通らなかったのね」
「……チッ。ああ」

心底不服だと言わんばかりの態度の松田。その気持ちも分からないではないが、異動願を退けた上層部の考えも理解できる。
去年の爆破事件、当事者の萩原より、松田の方がむしろ必死になって犯人を追っている。親友の命が脅かされ……本来なら死んでいただろうから、その目的は自ずと敵討ちというわけだ。

「でも何で今更? あれから1年も経つのに」
「先週、ちょうど7日にFAXが来たんだよ」
「FAX?」
「ああ。A4用紙いっぱいにたった一文字、3ってな」
「サン……算用数字の3?」
「そうだ」

コピー用紙いっぱいに書かれた数字。数字が意味することが何なのか、それだけでは判断を付けられない。

「さすがに、それだけじゃ何とも言えないでしょ?」
「上はそう思ってるみたいだな」
「……松田は違うって?」
「奴は爆弾魔だ。加えて、去年奴が仕掛けたのはどっちも時限式……」

時限式爆弾を使う爆弾魔。そいつから送られてきた数字が意味するところ。
つまり、──。

「……カウントダウン、とか?」
「俺はそう読んでる」

確かに、松田の推測も筋が通ってはいる。
けれど問題は、それを警察内のどのくらいが認めるかというところ。トップダウンの組織で、上層部を納得させるには物証が必要だ。

「ってーのに、上の奴ら、単なるイタズラだとしか思ってねえ」
「……まあ、そうでしょうね。警察って、事件が起こってから動く組織だもの。何も実害がない現状で、3の書かれたFAX1枚じゃ松田の分が悪いわ」
「チッ……」

……そう、警察なんてそんなもん。基本、後手後手で動く組織なのだ。
もし、もっと早く対処してくれていれば。もし、可能性の段階から行動してくれていれば。父さんも母さんも、今のような状況にはなかったかもしれないのに。

「その数字がカウントダウンだったとして、奴が動くのはいつになるの?」
「さあな。けど、ちょうど1年の日に3。来年2、再来年1と来て……」
「3年後にドカン」

松田の推理だとそうなるわけだけれど。

「……全て想像の域ね」
「ああ」
「来年、2のFAXが来てから考えても良いんじゃない? 犯人の手掛かりはないんでしょう?」
「ああ。何もねえ」
「なら尚更、奴が動くのを待つしかないわ」
「んなことわかってんだよ……けど、それじゃ去年と同じになっちまう。次も無事か、わからねえ」

意図せず、松田の表情が固くなる。
彼の脳裏には、去年の今頃、階下から見上げた黒煙を上げるマンションが浮かんでいるのだろう。あの中に親友、幼馴染がいるのかと、見上げるしかなかった己の姿も。

「……準備しておけば良いんじゃない?」
「準備? 解体のか?」
「それはもちろんだけど。あの爆弾、遠隔操作でタイマーが動いたでしょ」
「ああ」
「爆弾周辺の電波を完全に遮断できれば、遠隔操作でのタイマー作動は妨害できるんじゃない? 」

これはあの時から考えていたことだ。もしあの時、爆弾犯による遠隔操作を防げていれば、タイマーは6秒前で止まったまま解体を続けられたかもしれないと。
最も、一番手っ取り早いのは──。

「奴がまた仕掛けてくるなら、迎え打つだけだ」

私がその場へついて行くことだと思ってる。



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