夢卜アレキサンドライト

□1対3の事情聴取
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「聞いた時、同じ名前だとは思ったけど……この人たちが貴方の同期なのね」
「まあな」

伊達さんから聞いていた同期の5人──松田、萩原、伊達さんと、残りの2人が降谷さんと諸伏さん。まさか、こんな形で遭遇するとは思わなかった。

4人掛けのダイニングテーブル。その一席に松田が、その隣りに降谷さんが。そして降谷さんの向かいに諸伏さんが座った。
それぞれの前にコーヒーカップを置いて、私も空いている席へ着く。

「これが例の手紙です」

テーブルの上にストーカー男から届いた手紙を置けば、降谷さんが懐から取り出した手袋を嵌めて手に取った。
調べるように手紙を開封する彼を見ながら、事のあらましを話していく。

「始まりは、半月くらい前。シフトが終わって店を出た後、ずっと後を着いて来る人がいると気づいたんです──」

歩く速度を変えると向こうも同じように変えて来ることに、すぐにストーカーの可能性を考えた。そしてその日は敢えて自宅を通り過ぎ、その先のスーパーで夕方のタイムセールの人混みに紛れて撒いてみた。
翌日からも男は必ず店に長居して、その間ずっと私のことを見ている。気付かれないようにしていたつもりなのだろうが、あれ程の視線を向けられれば嫌でも気付く。そして退勤後、毎日あの手この手で彼を撒きながらの帰宅が続いた。

「後で証拠になるかと思って、駅前で撒く時は可能な限り監視カメラある通りや店を選んでいました」
「そこまで機転が回るなんて凄いね。カメラの映像は、俺たちの方で確認しておくよ」
「わかりました。なら、後で日毎に寄った店を書き出しますね」
「全部覚えているのか?」

諸伏さんの言葉に探しやすいだろうと提案すれば、手紙を調べていた降谷さんが驚いたようにこちらを見た。

「もちろん。記憶力は良い方ですから」
「そうか、助かるよ」
「で? それだけ上手く奴を撒いてたのに、何で手紙が届けられてんだよ」

私の話が進むに連れ、松田はどんどん不機嫌になっていった。まるで昨日、店で言い合いをした時のような雰囲気だ。

「……一昨日、帰りに図書館へ寄ったら思わず閉館まで居座っちゃって……慌てて片付けてて帰った時には、ストーカーのことなんて忘れてたのよ」

そうして翌々日。翌日は一日家にいた私は、その日になって初めてポストに消印のない手紙が入っていることに気が付いた。それと同時に、奴に自宅を知られたこと知ったのである。

「なるほど、それで今日に繋がるわけか」
「はい。その手紙の内容から、奴がうちを訪ねてくるのはそう遠くないと思ったんです。だから、」
「自ら奴を誘い込んだ、と」

降谷さんが、内容が皆に見えるようにテーブル上に手紙を広げた。

「そんなところですね」
「……朱音ちゃん。それがどれほど危険なことか、わかってる?」
「まあ。けど、奴は店で私と話すお客さん一人ひとりを睨むように見ていて……そちらに手を出される前に、決着をつけようと思いました」

いつか来るその時の為に、駅前の廃ビルはチェックしておいた。そして今日、目当てのビルへ奴を誘い出し……無事、返り討ちにしたというわけだ。

「そこへ、偶然僕らが来た」
「……ええ、」

来た、というのは、正確には語弊がある。降谷さんと諸伏さんは、私たちより早くこのビルに入っていたのだから。
けれど、そのことを2人は隠したがっているようだった。私と会った時だって、まるで偶然ストーカー現場を目撃したような口ぶりだったのだから。ここは、2人の話に乗ってあげようと思う。

「お前らが奴をとっ捕まえたのか」
「あー……いや、それがさ……な、ゼロ?」
「……ああ。僕らが手を出す前に、朱音ちゃんの蹴りで一発KO。事件は解決さ」
「マジかよ……」

言葉を濁し降谷さんのを見た諸伏さんに、降谷さんも苦笑しながら同意。そしてストーカー男の顛末を語れば、松田から信じられねえと言わんばかりの目を向けられた。
私は最初から、私の方が強いと言っていたというのに。

「そういえば朱音ちゃん、松田とはどこで知り合ったんだ?」

私と松田の間に流れる微妙な空気を察してか、諸伏さんが話題を変える。

「バイト先のカフェに来て……松田と、後萩原にナンパされたんです。いや、あれはもはや痴漢だったかな?」
「はあっ!? 松田、お前……っ!」

思わず、といった風に降谷さんが立ち上がり、隣りに座る松田の襟元を掴み上げた。それに少しばかり苦しそうにしながらも、松田は弁明に声を張り上げる。

「いや、違っ……くもないけど、俺はしてねえだろ!」
「なら萩原が!?」

松田の叫びに、隣りの諸伏さんが心配そうな顔で私を見遣った。

「まあ。別に気にしてませんけど」
「気にしてないって……それは、」
「最初は面倒な客だと思ってたんです。だけどまあ、今は……2人が来てくれるのを何だかんだ私も楽しみにしてますから」

そう、最初は能力のことがバレそうになって、秘密裏に2人を処理してしまおうかとも思った。けれどいつの間にか、松田が、萩原や伊達さんが、カフェを訪れるのを日常としている自分がいたのだ。

「……それ、初めて聞いた」
「そうね。初めて言ったもの」

降谷さんから解放された松田。彼の口から溢れた一言に返せば、先程までの空気は既になくなっていた。

「2人とも、仲良いんだね」
「ああ。朱音ちゃん、松田には遠慮もないみたいだしな」

諸伏さんと降谷さんが、温かな目で私たちを見る。それに答えれば、自然と松田と声が被った。

「セクハラ警官に払う敬意は持ってないから」
「……俺たちには、朱音に返せねえ程の恩があるからな」
「恩?」

降谷さんが首を傾げる。
そうか、2人はまだ知らないのか。伊達さんが2人とは最近連絡を取れていないと言っていたから。

「去年の秋。萩原がバラしてた爆弾が、解体中に吹っ飛んだの知ってるか?」
「ああ、もちろん。あいつの機転で死者ゼロってやつだろ?」
「俺たちも聞いた時は驚いたけど……萩原、そういう時は頭が回るからな。あいつならって納得したよ」

警察の発表通りの情報が、彼らにも回っているようだ。最も、あの事件で違和感を感じたのは松田と萩原の2人だけだったのだから当然なのかもしれないけれど。

「それは真実じゃねえ。普通なら、あの場で萩原は吹っ飛んでた。そうならなかったのは……朱音がいたからだ」



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