夢卜アレキサンドライト

□その心の内
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持っていた手錠でストーカー男を拘束し、テロ組織の男たちを連れて行った部下に引き返して貰うよう連絡を取った。まだそれ程遠くには行っていなかったようで、程なくしてストーカー男は意識のないまま連行されて行った。
これで、少女を脅かす危険はなくなったというわけだ。彼女の言動を鑑みるにいらない心配かもしれないが。

「……待たせてすまない」

男が連行されるのを眺めていた少女に漸く向き直ると、イヤホンで音楽を聴いていたらしい彼女もこちらへ意識を向けた。

「本当に警察官なんですね」
「……見えないかな?」

警察手帳でストーカー容疑は晴れたようだが、まだ疑ってはいたらしい。ヒロが頬をかき、苦笑いを浮かべながら彼女に問うた。

「少し。それに、すぐに部屋へ入って来なかったじゃないですか。暫く私たちの様子を伺っていたみたいですし」
「それは謝るよ。君と彼の関係性を知らない以上、どうしてもすぐに踏み込むことができなくてね……」
「まあ、構いませんよ」

不審者が増えたところで、纏めて片付けられるから……そんな副音声が聞こえたような気がしたのは、彼女の表情からしておそらく気のせいではないのだろう。
空気を変えるべく、咳払いをひとつ。

「本題に入ろう。待たせたところ悪いんだが、この間事情聴取に付き合ってもらいたい」
「……それ、長くなりますか?」
「そうだな……彼との関係性や、今に至る経緯を一通り教えてもらいたい。それと、物証があればそれも提示してほしい」

ストーカー被害で訴えるには、実害が出ていたり物証があったりすることが重要になる。実害の場には僕らが居合わせているし、これで物証が揃えば言うことなしだ。

「物証……1枚だけで良ければ手紙がありますね」
「十分だ。その手紙、今はどこに?」
「自宅ですね。後日届けましょうか?」
「いや、今から取りに行かせてほしい。君の家まで同行して構わないかな?」

自宅まで着いて行くことを伝えてから、これではストーカー男と行動が変わらないことに気付いて焦る。いくら警察官とは言え、たった今知り合ったばかりの男2人を自宅へ連れ込むのは若い女性として避けたいだろうから。
けれど彼女はあまり気にしていない様子で、あっさりと頷いて返した。

「……ああ、その前に、」
「?」
「貴方方の名前は?」

彼女の立場として、それは至極当選の疑問であった。ただし僕らにとっては、できれば避けて通りたいものでもあった。
ここで本名を名乗るか、偽名を使うか。彼女へ提示した警察手帳は表紙のみで、その内側の写真や所属、名前の欄は見せていない。
「どうするんだ、ゼロ?」そんな視線を隣のヒロから感じ、そして僕は答えを出した。

「僕は降谷。こっちの彼は諸伏だ」
「降谷さんと諸伏さんね。私は水島朱音。さて、行きましょうか」
「ああ」

彼女と出会った状況が状況だけに、偽名は得策ではないだろうという結論を。


彼女の家はここからさほど離れていないらしく、3人で連れ立って帰路を歩く。その道すがら、周りに聞かれても差し障りのない話題から聴取していった。
その話の中で、彼女のことが少しずつ見えてくる。水島朱音、17歳。高校3年生。カフェでアルバイトをしていて、あの男は客の1人だそうだ。

「じゃあ、朱音ちゃんは1人暮らしを?」

ヒロが関心したように彼女に問うた。

「はい、両親はずっと入院してますから。だから奴も調子に乗ったんでしょう」
「そう言えば、同棲がどうの愛の巣がどうのと話していたな」

ストーカー対象の少女が高校生にも関わらず1人暮らし……思考回路が常軌を逸した男には、さぞ好条件に思えたことだろう。
男の妄言が生まれた理由に納得していると、彼女が少し先の家を指差した。

「その先の家です。交差点の向こうの……、」

しかし、その言葉が不自然に切れる。けれど、僕もヒロも、それを彼女に指摘することはできなかった。

「……松田?」

彼女の家の前にいた予想外の人物に、状況の理解が遅れたからだ。まさか、松田が──僕らの警察学校の同期がそこにいるなんて、想像すらしていなかったのだから。

「……は? 降谷? 諸伏? 何でお前らが朱音といんだよ」

なぜ、松田がここにいるのか。理由はわからない。けれど「朱音」と名前で呼ぶそれは慣れていて、昨日今日の付き合いでないことは明白だった。

「それは私が聞きたいわね」

嫌に冷たく響いた彼女の声。その声音に、松田は僕たちから彼女へと視線を移した。

「朱音……」
「……昨日のこと、忘れたわけじゃないわよね?」
「ああ。……けど、」
「何よ、」

松田は彼女の隣りにいる僕らを見て、それから珍しく気まずそうな顔をして……けれど次の瞬間には、意を決したように再び彼女を見据えた。

「……お前が心配だった。それだけだ」
「……っ!」

その時の松田の瞳は、思わず彼女が言葉を詰まらせるほど真剣なものだった。



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