夢卜アレキサンドライト

□2つの足音
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とある組織によるテロ工作の情報を掴んだ僕ら公安は、米花町の駅前にある廃ビルを訪れていた。

木を隠すなら森の中とはよく言ったもので、人気の少ない場所でこそこそとするより、駅前の繁華街で堂々としている方が目立たない。流石にその内容的に密会場所は人気のないところを選んだようだが、ここに来るまでに捕らえられることは避けたというわけだ。最も、確証を掴む為に僕らが泳がせていただけなのだが。
マークしていた男たちが予定通り現れ、盗聴器があるとも知らずに今後の計画を話し出す。密会が終わったタイミングを見て、録音した密会内容を証拠に全員取り押さえた。

「これで終わりかな、ゼロ?」
「そうだな、ヒロ」

今回、共に行動していたヒロ──警視庁公安部所属の諸伏景光が、最後の1人が廃ビルから連れ出されるのを見て僕を降り返る。余談だが、ゼロとは僕──警察庁警備企画課所属、降谷零のことだ。
テロ行為を未然に防ぐことができた安堵感に浸っていた僕ら。しかし、僕とヒロしか残っていないはずのビルに新たな気配が現れた。

「……いや、まだだ」
「まだ奴らの残党がいたのか?」
「わからないが……とりあえず様子を見よう」
「わかった」

この部屋に繋がる扉の両側、そこで気配を消して息をひそめる。

気配は2つ。そして、聞こえてくる足音も2つ。どちらも階段を登っている。1人目が迷いなく進んでいるのに対して、続く2人目はどこか様子がおかしい。
早くなったり遅くなったり、時には止まったり。足音の間隔が一定のスピードに定まらない。

「……尾行か」

僕の予測に扉の向かいでヒロが頷く。

「……上の部屋かな」
「ああ。ちょうどこの上だ」
「どうする、ゼロ? 正直、今回の件とは無関係だと思うけど……」
「僕も同意見だけど……行こう。普通、一般人は迷いなくこんなビルに入らない」

そう、1人目の足音には迷いがなかった。初めからこの場所にこんな風に人気のないビルがあることを知っていて、人目を避ける為にここへ来たと言わんばかりに。

「わかった、行こう」
「ああ」

互いに拳銃を取り出し、いつでも撃てるように構えながら部屋を出た。


変わらず気配は上にあって、1つは部屋の中、もう1つは部屋の入口、その手前といったところだ。物音を立てないよう、慎重に上へ上がる。
上の階が見える位置に来たところで様子を伺えば、部屋の入口に男がいた。歳は20代半ば頃。中肉中背、どこにでもいそうな普通の青年だ。目の前にある部屋の扉は開けっ放しになっていて、彼は慎重に部屋を覗き込み様子を伺っていた。

その時、部屋の中から声がした。

「ずっと着いてきてたんでしょう? 普通に入ってきて構わないわ」

女の声だった。それも、おそらくかなり若い。その声色からは戸惑いや恐れは微塵も感じられず、自信に満ち凛としていた。

少女の言葉に青年が部屋の中へ入っていく。再び少女の声が聞こえた。

「それで? 私に何の用?」
「用って言うか……僕はただ、君に危険がないように見守ってあげてるだけだよ」

今回は、続けて青年の声もした。その声音は、若干震えているような気がするものの……喜色に染まったそれ。この震えは、おそらく興奮からくるものだろう。

ヒロと2人、部屋の前まで移動する。気づかれないよう慎重に様子を伺うと、予想通り、部屋の奥には少女が、そして中程には青年がいた。

「ほら、いつも帰り道は1人だろう? それに、一人暮らしみたいだし……心配なんだ。か弱い君にもしものことがあったらって……ああもちろん、僕の方はいつでも同棲できるよ。何なら今日から行ってあげようか? そのまま、君の家を僕たちの愛の巣にするのも良いよね!」

息継ぎを忘れたかのように話す青年。その内容を聞いていれば、なるほど、2人の関係性が見えてきた。
さしずめストーカーと、その被害にあっている被害者といったところか。これは警察官として、見過ごすわけにはいかない案件だ。

まず、青年の注意をこちらへ向け、それから少女の保護、その後青年を確保する。少女の方が奥にいる分厄介ではあるが、僕とヒロならできないことじゃない。
ヒロへ目配せをする。向こうも考えていることは同じようだ。カウント3で行こう。

──3……、2……、1……

「盛り上がってるとこ悪いけど、一言言わせて貰って良いかしら……」
「うん、もちろん! 何だい?」
「寝言は寝て言え。このストーカー野郎が」
「グッ、ガハッ……!」

……結局、僕らの出番はなかった。
少女を守る為、2人の間に割って入ろうとしたまさにその瞬間、少女の右足が青年の腹に綺麗に決まったからだ。青年はそのまま壁まで吹き飛び、背中や後頭部を打ったらしく動かなくなった。

「……何? 貴方たちもストーカー?」

出番がないどころか、部屋に足を踏み入れた状態で固まる僕たちを見て、少女に新手のストーカーと認識される始末だ。
流石にストーカーの濡れ衣はごめん被る。

「……いや、僕らは警察官だ。たまたま君の後を付ける彼を見かけてね」

言いながら警察手帳を見せる。一応公安の身であることを鑑みて、その表紙だけではあるが。
隣りでヒロも同じように警察手帳を掲げて見せると、とりあえず彼女からの誤解は解けたようだった。



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