夢卜アレキサンドライト

□届けられた手紙
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カフェのシフトが明けた夕方。午後の松田とのやり取りに若干モヤモヤしたものを抱えつつも、帰路につくべく店を後にした。

裏口から店を出てすぐ、背後に感じる視線は当然あのストーカーのもの。今日も今日とて私のシフト明け少し前に会計を済ませた彼は、こうして裏口から私が出てくるのを待っていたというわけだ。
まあ、撒いて帰るだけなのだけども。

初めて帰り道に着いて来られた日。自宅を通り過ぎ、200メートルほど離れたところにあるスーパーで撒いてみた。夕方の人が多い時間であることを利用し、タイムセールに参戦。その最中、絶で気配を消して素早くその場を離れてやり過ごしたわけだが、彼は暫く周囲を探す素振りを見せた後に立ち去った。
翌日は米花駅の中で。その次は駅前の書店で。コンビニで。時には、店舗の多い路地に入った瞬間、垂直跳びで屋上に移動したりもした。
あの男が私をどうこうできるとは思えないが、自宅まで着いて来られるのは後々面倒なことになりそうで避けている。

さて、今日はどうしようか。そこでふと思い出したのは、ミランダ──伊達さんと知り合った際に人質にされていた少女のことだった。
彼女、ミランダ・アディントンは父・カーティスと共に日本へやって来たアメリカ人で、あの出来事から度々カフェへ顔を出してくれるようになった常連さんである。

カーティスはアメリカ人だが、彼女の亡き母はドイツ人だという。幼かったミランダは写真と父の話でしか母を知らない。だからドイツにいる祖父母に母のことを聞くのだと、日本語だけでなくドイツ語も勉強していると笑っていた。
最も、今はまだまだ日本語も練習が必要な段階で、彼女と話す時は私が英語を使っているのだが。

そんなミランダとのやりとりを思い出し……やって来たのは米花図書館。真っ直ぐ向かった学習本のコーナーで、ドイツ語文法の参考書と辞書を手に取り、そのまま閲覧コーナーのソファへと体を沈めた。


「お客様、」

司書らしき女性に声をかけられたのは、読み始めてから割とすぐのことだった。

「お客様。申し訳ありませんが、当館はまもなく閉館時間となります」
「えっ……?」

否、あれからすぐのことだと、私が誤認していただけだった。
彼女の声に外を見れば、窓ガラスの向こうは既に暗くなっており、館内の人の気配もかなり少ない。加えて、手元の参考書は後数ページで読み終わるところだった。ちなみに、参考書と一緒に持って来た辞書の方は既に読み終わった後である。
時計を確認すれば閉館5分前を指していて、確かに閉館間際まで居てしまったようだった。

「すみません、すぐに片付けます」

司書の女性に謝罪を入れ、手元の参考書の残りも要点だけ目を通す。サイドテーブルに置いてあった辞書と共に元あった本棚へ戻すと、足早に図書館を後にした。


「……ああ、忘れてた……」

図書館へ行った翌日、その日はカフェの定休日で一日家から出なかった。そして翌々日、バイトへ行きがてら確認した玄関ポストに、消印のない封筒が入っているのを見つけて自身の失態を悟った。

いつも見失っちゃってたけど、やっと君を最後まで見守ることが出来て良かったよ。意外と大きな家に住んでるんだね。1人暮らしは寂しいだろうけど、もう少しだけ我慢していて

読書に没頭する余り、あろうことか、昨日の帰宅時はストーカーの存在をすっかり忘れていた。差し出し人の名前も住所もないこの手紙は明らかに奴の仕業で、図書館帰りの私の後を尾け、傍迷惑にも自宅を特定に成功してくれたらしい。

手紙の内容を見る限り、奴が毎日私を尾けていたのは護衛のつもりだったようだ。そしてありがたくないことに、私が1人暮らしだと知ってるいる上に……最後の文は、近い内に奴が訪ねてくる可能性を示唆している。

本当、どうしてくれようか。



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