夢卜アレキサンドライト

□消えない言の葉
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警察が嫌いで、警視総監を殴る為に警察官になったという松田。決してなくなることのない職業を選んで警察官になったという萩原。
理由はそれぞれだけれど、少なくとも今、2人はきちんとその仕事に向き合っている。

「朱音は? 何かやりたいことねえの?」
「やりたいこと?」
「ああ」
「それは……」

やりたい、こと。そう言われて一番に浮かんでくるのは、社会が裁かない「悪」への制裁だ。
松田や萩原のように、悪を取り締まる人間は存在する。けれどそれ以上に、この様に悪は存在するのだ。そしてその悪の全てが、課されるべき罰を受けているとは言い難い。
この世は決して平等ではなく、権力や暴力による不平等が存在する。弱い立場の人間は、いつだって涙を飲むしかないのだ。

「何かあるなら俺、応援しちゃうよ?」

萩原が楽しそうにバックミラー越しに私を見る。けれど、こんなことを2人に言ったところで詮ない話であるのも事実。

「……何もないわ」

結局、今の私にはそう答えることしか出来なかった。

「まあ、焦ることもねえだろ。これから探してきゃあ良い」
「……そうね」

時刻は21時半を回ったところ。車は米花町の住宅街にある私の家の前に着けられた。

「……今日はありがとう」
「どういたしまして」
「おう」

暗がりの中でも分かる満面の笑みの萩原と、口元だけを緩めた松田。そんな2人に見送られ、私は玄関の戸を潜った。

「ただいま」

暗い部屋。迎える者のないそこは静まり返っているが、それも既に日常の一部になっている。そしてこの先、以前の日常が戻ることがないことも分かっていた。

「何で、あんなこと……」

桜を見て、両親との過去を思い出したことを否定はしない。そして、その懐かしさによって心なしか暖かい心持ちになっていたことも。
けれど、後先を考えずに聞くべきではなかったと今になって少し後悔していた。

あの状況で警察官になった理由を聞くなんて、脈絡も何もあったものではない。
確かに2人の素行には、警察官らしくないところも見受けられる。だから聞いたのだと言えば、きっと2人のことだ、不思議がりながらも答えてくれただろう。実際、2人は普通に答えてくれた。

けれど、そうなれば次に続くのは、私がそんな質問をした理由。
何も嘘は言っていない。今日、担当の教師から進路の話をされたのは事実だし、他に相談できそうな大人がいなかったのも事実。……桜から、警察官を連想してしまったのも事実だ。

そして、私自身について。
これを聞かれることは至極当然で、けれどそれは、私にとって一番答え難い問いだった。
興味のあることが全くないわけじゃない。あの日までは確かに、そんな人生も悪くないかもしれないと本気で思っていた。

けれど、あの日──3年前の12月24日。赤に沈む父さんと母さんを見て、それまでの自分の考えを改めた。
なんて、生温い生き方をしていたのか。周りに流され、すっかり平和ボケしていたのだと、自身を張り倒したい気分だった。
人の命を奪い、それを糧として生きていく。それが、「私」という人間だった筈だろうと。

なのに、──。

──朱音は? 何かやりたいことねえの?

松田のその言葉が、いつまでも耳から離れない。進路に悩める人生の後輩へ、力になろうと純粋な疑問でもって問うてくれたものだろうに。
あそこで素直に答えられたなら。前世のような私も、今世のあの日の私も、存在し得なかったかもしれない。



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