夢卜アレキサンドライト

□選択の理由
1ページ/1ページ


「はい、到着」

萩原が連れてきてくれたのは、都心から少し外れたところにある公園だった。気持ち北寄りにあるからか、その土地柄か、予想外にも多くのピンク色が見える。
車を降りて公園の中へ入ると、ライトアップされた公園の中で夜桜が淡く輝いていた。花の頃は散り始めといったところで、頭上にはまだまだ花びらの残る幹、そして足元にはほぼ一面にピンク色の絨毯が出来上がっている。満開よりも、むしろ今の方が綺麗かもしれない。

「……綺麗、」

目の前のピンク色を見上げながら思わず溢れたその声に重なるものはなかったけれど、私に向けられた温かな2つの視線がそれを代弁していた。

一通り公園内を見て周り、屋台が並ぶ一画へ差し掛かると萩原がこちらを振り返る。

「朱音ちゃん、何食べる?」
「俺、焼きそばな」
「いや、陣平ちゃんには聞いてないし」

萩原の言葉に屋台を見回す私を他所に松田が自分の希望を伝えるが、それは萩原にバッサリと切られた。けれど最初から言葉遊びのつもりだけだったようで、松田は1人、ふらふらと焼きそばの屋台の方へと向かってしまう。
ほんと、協調性のない奴だ。まあ、私も人のことを言えるほどではないのだけれど。

「萩原は?」
「俺? うーん、俺はたこ焼きの気分かな」
「そう。……私、甘いものが良いわ」

その時目に止まったのは、たくさんのメニュー表が貼られたクレープの屋台だった。
桜を見てからは忘れていたが、今日はとにかく疲れることが多かった。肉体的にというより、主に精神的な方向で。
特に何か考えて選んだわけではなかったが、体は無意識の内に糖分を欲していたのかもしれない。

「……ん、甘い」
「そりゃそうだろ」

買ったばかりのクレープ──味は、キャラメルナッツカスタードホイップ。それを一口齧って感想を漏らせば、隣で焼きそばを食べていた松田が呆れた顔をした。

「甘くて美味しい、って意味よ。今日は疲れてるみたい」
「……そうなのか、」

心なしか、松田の声が弱くなった気がした。

「ええ。でも、この桜を見てたらそんなこと忘れちゃったわ。連れてきてくれてありがと、萩原」
「どういたしまして。そう言ってもらえると俺も嬉しいわ」

互いに買ったものも食べ終わり、時間もそろそろ21時というところ。同意があるとはいえ、社会人が未成年の子供を連れ回して良い時間帯ではなくなってきた。
家まで送ると言う2人に、私は再び乗って来た車の後部座席に乗り込んだ。

「……ねえ、聞いても良い?」
「あ? 何だよ」
「もちろん。何々?」

2人と桜を見ていて、そういえば「桜」は日本警察のシンボルマークだったなと思ったら、聞いてみたくなった。

「なんで、警察官になったの?」

なぜ2人は、警察官という職業を選んだのか。それが知りたかった。

「え、朱音ちゃん、警察官になりたいの?」
「そういう訳じゃないけど、」

前の世界で、私は何も持っていなかった。だから生きる為には何でもしたし、自分が行き残る為に他人の命を奪うことを生業とした。
もちろん危険が伴うものだったけれど、奪わなければ奪われる……それがあの世界の常識で、私は奪う側に立つことを選んだ。
けれど、この世界では違う。父がいて、母がいて、人並みの生活が保障されていた。恵まれた世界であるが故に、今世は前世と違い、自分の未来を選ばなければならないという問題に直面していた。

「それを選んだ理由が知りたい。他のものじゃなく、警察官を選んだ理由を」

こんなことを聞くなんて、唐突にも程がある。けれど、その答えは意外にもすんなりと返ってきた。

「……警視総監を、一発ぶん殴ってやろうと思ったからだな」
「……は?」

そして、想像の斜め上を行くものだった。

「どういうこと?」
「そのまんま、言葉の通りだ。ガキの頃から、警察なんかクソ喰らえって思ってたからな。警視総監をぶん殴る為に、俺は警察官になった」
「フフ、何それ」

思わず笑ってしまった。だってあの爆破事件の時に見た松田は、どこからどう見ても、真剣に警察官という今の仕事に向き合っていたから。

「ま、警察学校の卒業式で会った時は殴ってなかったけどな」
「……殴るかよ。けど、今でも警察は嫌いだぜ」
「そっか。……萩原は?」

バックミラー越しに、運転席にいる萩原を見る。

「俺は……絶対なくならないからだな。ほら、警察って仕事がなくなることはないだろ?」
「まあそうね。どれだけ時代が進んでも、問題を起こす人間は一定数いるし」
「でしょ?」

そういう意味では、警察官は何よりも安定している仕事だと言えるかもしれない。

「で? 急にこんなこと聞いてくるってことは、学校で何か言われ感じ?」
「……まあ、当たらずとも遠からずね」

昼間、入学式後に教師から言われた話を思い出す。

「今日、登校日だったの。卒業後の話をされたわ」

通信制高校である東都桜スクール。必要数以上の単位を取得し、年度末で3年以上在籍したことになる今年は、当然その先の進路を決めることになる。就職か、進学か、はたまた別の何かか。

「この先どうしたいか、親と良く相談して……って言われたけど、」

私には、相談すべき親がいない。否、正確にはいるのだけれど、相談ができる状態ではない。
だから、聞いてみたかった。最近、よく関わるようになった「大人」に。前世と違って無数にある選択肢の中から、どうやってたった一つを選んだのかを。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ