夢卜アレキサンドライト

□桜の誘い
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年に2度の登校日。東都桜スクールでは、その日は4月の頭と3月の頭に設定されていた。一般的な学校の、入学式と卒業式に当たる。今日は前者であった。

朝から行われていた面倒な式典を終え、1年分の業務連絡を聞き、昼前になって漸く解放される。今日は私服でない為このままカフェにも行けず、一度自宅へ戻ろうかと駅前の校舎を出た頃だった。

通りがかった車から、軽快なクラクションを鳴らされた。

「……朱音ちゃん、だよね?」
「……萩原」

車の助手席からこちらに声をかけて来たのは、数ヶ月前に知り合った警察官、萩原研二だった。その命を助けてからというもの、ちょくちょくカフェに訪れる男だ。
この姿で会ったのは初めてだが。

「うわ……制服とか初めてみた! めっちゃ可愛いじゃん! え、何、朱音ちゃんの高校ってセーラーなんだ?」

そう、今着ているのは制服。青い襟がついた白いセーラー服に、同じく青いプリーツスカート──帝丹中学校の制服である。

「これは中学の。高校に制服はないわ」
「あ、そうなんだ。そういや、前に通信制って言ってたっけ……」

私の説明に納得はしたのだろうが、萩原の頬は緩んだまま、その視線は私のセーラー服に向けられている。

「……何?」
「いやあ……その姿、陣平ちゃんにも見せてやりたいなあと思って」
「松田に?」
「そ。陣平ちゃんに」

ニコニコと相変わらず笑顔の萩原。読めない萩原の向こうで、同僚だろうか、1人の警察官が困ったような表情を浮かべている。
これは、助け舟を出してあげるべきか。

「……そんなことより、仕事中なんじゃないの?」
「あー……まあな」

痛いところを突かれたと言うように、萩原は苦笑いで自分の頬を掻く。けれど次の瞬間、弾かれたように明るい表情を見せた。

「あ、朱音ちゃん!」
「何?」
「お花見行こう、お花見!」
「は? もうほとんど散ってるでしょ」

突然何を言い出すんだこの男は。北の方ならいざ知らず、この東京では4月に入れば散っていることも多いというのに。

「ま、そん時はそん時よ。じゃあ、今日の仕事終わりな。カフェに迎え行くからね!」
「ちょっと、萩原っ!」
「また後でねー」

了承の返事を待つことなく、言いたいことだけ言って、萩原は隣の警察官に車を出させて行ってしまった。
その場に残されたのは唖然と立ち尽くす私と、そして女子高生──制服だけみれば女子中学生と警察官のやり取りを傍観していた野次馬だけ。

「はぁ……」

朝からの入学式に対する疲労に、今の嵐のような萩原に対する疲労が追加され、思わず深いため息が漏れた。


「よう、お疲れさん」
「……松田?」

19時。店終いの時間になってカフェに現れたのは、昼間花見の約束をした萩原ではなく松田だった。

「どうしたの? もうお店終わりだけど、」
「あ? 花見に行くんだろ?」
「は……? あ、いや、確かに萩原から誘われたけど……」
「あいつは外だ。駐車場探すの面倒だったからな」

言われて外を見れば、カフェの前に一台の車が止められている。運転席に座った萩原が、助手席に身を乗り出して手を振っているのが見えた。

「……荷物取ってくるから待ってて」
「ああ」

今思い付いたと言わんばかりの誘いに半ば冗談だと思っていたが、萩原としては本気だったらしい。
運転手がいるとは言え、長時間停車して駐禁を取られても困るだろう。エプロンを外して控え室から荷物を取ると、耕市さんと風子さんに一言告げて2人の待つ車へ向かった。

「お待たせ」
「朱音ちゃん、お疲れー」

運転席に萩原、助手席に松田が座っていたので私は後部座席に乗り込んだ。私が乗ると、すぐさま萩原が振り返って笑顔を見せる。

「ほんとに来るとは思わなかったわ」
「えー? 俺、約束は守るタイプよ?」
「みたいね」
「ハギ、そろそろ車出せよ。腹減った」

萩原と話していると、松田が車の周囲を見ながら急かした。

「はいはいっと。じゃあ行きますか」

萩原の運転で、3人を乗せた車はゆっくりとカフェを離れて行った。



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