夢卜アレキサンドライト

□グレースケールの抱擁
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シャッターが下され、外からは様子が伺えなくなった店内。人質が解放された様子に、店の奥の方へ避難していた客たちも緊張感が解れてきたようだった。少しずつではあるが、ザワザワとした囁き声があちこちから聞こえてくる。

「さて、これからどうするかだが……まずは彼らを安全な場所に移動させよう」

私たちの顔を見渡しながら、奥にいる客たちを指してそう切り出したのは伊達さんだった。
外からはタイミングを図ったかのように、パトカーのサイレンが遠くから聞こえている。この距離なら、ここへ辿り着くまでそうかからないだろう。

「そうですね。……誰かの通報で、警察もそろそろ来るみたいですから」
「そうなのか?」
「ええ、パトカーのサイレンが聞こえます」
「なるほど。朱音ちゃんは耳が良いんだな」
「真犯人──彼を脅している2人組が、通りを挟んだ向かいの店にいます。お客さんを逃すなら、目立たないよう裏口からにしましょう」

バックヤードの奥、反対側の通りへと出られる扉の方を指して提案する。それに一瞬驚いたように目を見張った伊達さんは、けれどすぐに刑事の顔に戻った。

「なら、警察が来たら俺が最初に出て行こう。事情を話して、表通りの2人組に悟られないように彼らを逃がしてもらえば良い」
「そうですね、お願いします。なら私はその間、真犯人の2人が向かいの店から動かないか見張ってます」
「……できるのか?」
「ええ。問題ありません」
「……わかった」

伊達さんと役割分担を決め、そうして隣で所在なさげにしていた男の方へと向き直る。やはり日本語はあまりわからないらしい彼は、少し不安そうに私たちのやりとりを見ていた。

『そろそろ警察が到着する。彼は警察官だから、事情の説明とお客さんたちの誘導をお願いするわ。その間、向かいの店にいる2人と貴方の子供は私が見張っておく』
『でも……もし、彼らに気づかれたら?』

私にそう問いながら、けれどその視線は閉め切られたシャッターへと向けられていて。彼がその向こうにいる、見えない我が子を見ていることは明白だった。
展開させたままにしている円からは、犯人たちの様子に変化は見られない。2人組は、彼がシャッターを下ろさせ、今まさに犯行に及んでいると思っているようだ。

『今のところ大丈夫。彼ら、貴方が上手くことを運んでると思ってるみたいよ。……ところで、貴方名前は?』
『……カーティス。カーティス・アディントンだ』
『私は水島朱音。彼は伊達航さん。さ、まずはお客さんたちの避難よ』
『……ああ。わかった』

カーティスと話している間に伊達さんが警視庁へ連絡を入れたらしく、無事到着した警察は表ではなく裏口から入って来た。警察官たちの誘導で店内にいた客たちが皆出て行くと、店内には私、カーティス、伊達さん、ナタリーさん、そして耕市さんと風子さんが残った。

「朱音ちゃん、向かいの彼らは?」

そう問うて来た伊達さんに、円で捉えている2人組の位置を伝える。

「……大丈夫。2階のカフェから動いてません」
「わかった。そこへは俺が行く」
「伊達さんが?」
「ああ。制服着た警察官じゃ、捕まえに来ましたって言ってるようなもんだからな」
「でも、犯人は2人組。伊達さん1人じゃ危ないと思います」

彼らに気付かれずに近づけたとして、1人を拘束した時点でもう1人に子供も人質にでも取られてしまえば終わり。そうなると、解決までに時間がかかる恐れがある。

「ので、私も行きます」
「え? ……いや、それはダメだ」
「大丈夫、腕には自信があります。この場合、2人同時に抑えた方が良い。それに、女子高生相手なら、彼らも油断するかもしれない」
「それはそうかもしれんが……警察官として、民間人を危険に晒すわけにはいかない」

私なら大丈夫。そう言って真っ直ぐに伊達さんを見つめたが、彼は決して首を縦に振ろうとしなかった。
その時、向かいのビルにいた2人組が動くのを感じた。痺れを切らしたのか、2人組のうちの1人が席を立つ。そのまま1階へ続く階段の方へと足を向け始めた。

「! 伊達さん、好機です」
「何、ほんとか?」
「ええ。1人が階段を降りようとしてる……今なら、1人ずつ捉えることも可能です」
「わかった! ならすぐ行こう!」
「……サポートします」

裏口から慌ただしく表通りへ向かった伊達さんは、ちょうど1階へと辿り着いた犯人の1人目をその場で確保した。2階にいるもう1人からその様子が見えないように、死角で行われたその捕物は流石と言うべきか。
先程、1人で行くと言った伊達さん。彼のポテンシャルの高さを見せられた。

「もう1人は?」
「……レジの前に。階段を上がってすぐのところです」
「カーティスの子供は?」
「その子なら、今から席を立つところです。大丈夫、今なら距離があります」
「わかった。朱音ちゃんはここにいてくれ」
「……ええ」

そこからもあっという間の出来事で。軽快に階段を駆け上がった伊達さんは、レジで会計を済ませ、その場で人質の子供を待っていたもう1人の犯人を捕らえた。

『カーティス! もういいぞ!』

上階から伊達さんの声。私の隣で成り行きを見守っていたカーティスは、伊達さんの向こうから顔だけを僅かに出した女の子に気が付いた。

『……っミランダ!』
『パパ!』

我が子を抱きしめ涙を流すカーティス。それを隣で眺める伊達さんの表情は酷く穏やかで、事件の解決を物語っていた。

……私にも、カーティスとミランダのような──互いの無事を心から喜び、噛み締めあえる瞬間があったかもしれない。そう思うと、喜ばしい筈の目の前の光景が急に色を失くして見えた。
あの日私に、もう僅かでも力があれば。力があると気付いた瞬間から、きちんとその技に磨きをかけていれば。
今となっては、もうどうしようもないことだけれど。



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