夢卜アレキサンドライト

□他意のない思い
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「いきなり変なことを聞くようで悪いが……水島朱音さん、であってるか?」

年が明けた1月中旬。金髪の外国人女性と共に来店した、ガタイの良い男性が言った一言がそれだった。

それは入店の音に声をかけ、席に案内し、オーダーを取りに行った時のこと。2人仲良くコーヒーと、それから今月の限定ケーキ、苺のフロマージュ・タルト。
「お待ちください」と告げてカウンターへ戻る際、彼の方から声をかけられたのだ。

少なくとも私には、彼との面識はない。もちろん、彼女の方とも。なのに、名前──それもフルネームを知られていた。
この店ではネームプレートを付けない。よって、例えば定員同士の会話くらいからしか情報は得られない筈なのに、だ。

「……どこかでお会いしましたか?」
「いや、おそらく初対面だ。……自己紹介が遅れてすまない。俺は伊達航。警視庁刑事部所属だ」
「警視庁刑事部?」

それは先月末、松田から聞いた「同期」がいるという部署の名だった。
改めて男を見てみる。その体格の良さからか短く刈り上げた髪からかは分からないが、松田や萩原よりは上に見えるが……20前半と言われれば、確かにそんな気もしてくる。

「松田の同期って貴方のことですか?」
「ああ。あいつから聞いているのか?」
「いえ、聞いているってほどでは。……私の両親のこと、一緒に調べたらしいですね」

そう、松田の同期と言えば、松田が私の両親のことを調べる際に頼った人間。つまり、3年前の事件のことや、両親が東都警察病院にいることを知っているということ。

「勝手に調べて悪かったと思ってる。ただ、松田がいつになく真剣で……俺の方から協力を申し出たんだ」

そういえば、松田はなぜ私の両親のことを調べたんだろう。「風子さんが心配そうにしていた」と言っていた松田の言葉も嘘ではないのだろうけど、それだけで、あんなにも急いで調べるものだろうか。
松田の行動の訳。伊達さんなら、知っているだろうか。

「……松田は、なぜ事件のことを?」
「ん? あいつは話さなかったのか?」
「……少なくとも、私はそう捉えました」
「そうか」

その時のことを思い出しているのだろう。伊達さんは静かにその目を閉じる。

「……あの事件の被疑者がまだ捕まっていないのなら、自分が捕まえてやる。そう、松田は言っていた」
「爆発物処理班なのに……?」
「それでも、自分が捕まえると。だが、既に亡くなっていることを知って……本当に悔しそうだった」
「そう、ですか……」

あいつは死んだ。3年前のあの日に。
今更松田がそれを知って、悔しさを感じるなんて。なぜか分からないけれど、私の中にモヤモヤとした不思議な感情が渦巻いた。

「今日はそれを言いに?」
「いや、君に会ってみたかったんだ」
「……私に?」

初対面の伊達さんに、会いたいと思わせる要素があっただろうか。

「ああ。俺の同期を──萩原を、救ってくれた礼を言いたくてな」

そうか、萩原。伊達さんと松田が同期だというのなら、松田の幼馴染だという萩原とも当然同期になる。

「いえ、私は何も」
「いや。松田から聞いた。君がいなきゃ、萩原は今頃いなかったってな。……ありがとう」
「私からも、ありがとう。航の友達を助けてくれて」

それまで口を挟まず、私たちのやり取りを聞いていただけの彼女まで礼を言った。
聞くに、この金髪の女性はナタリー・来間。伊達さんの恋人で、恩人である私に会ってみたいという彼の一言に、今回のデート場所をこのカフェに決めたのだとか。

「……どういたしまして」

2人の目は心からの感謝を伝えてくれていて、気がつけばそう答えてしまっていた。

「松田、萩原と、後2人同期がいてな。まあそいつらとは、ここ暫く連絡が取れてないんだが……」
「きっと忙しい部署なんですね」
「多分な。でも降谷と諸伏のことだ、上手くやってるだろうさ」

注文の品を届けて、それから少しの間2人の会話に混ざる。それは専ら、松田や萩原といった同期の話だった。
警察学校時代、共に学んだこと。共に怒鳴られたこと。共に、いくつもの事件を解決したこと。今は音信不通らしい降谷さんと諸伏さんを含め、良いチームであったようだ。


カランと、入店を知らせる音が鳴る。入り口を見れば、30代半ばと思わしき男性が1人立っていた。伊達さんとナタリーさんに断り、新たなお客さんの元へ。

「いらっしゃいま……」
『動くな!』

しかしその入店の挨拶が、最高まで発せられることはなかった。

代わりに響いたその声は英語。そしてその音源は、私の頭の真上。私の首には背後から左腕が回され、残った右手には、店内の客へ広く向けられた拳銃が握られていた。



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