夢卜アレキサンドライト

□プレゼントの秘密
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12月24日。3年前から、この日は決まって病院へ行く日になっている。
東都警察病院。その最上階の1室で、父さんと母さんは眠り続けていた。

水島誠。そして水島琴子。
これが今世の私・水島朱音の両親で、身内の贔屓目を抜きにしても2人は「良い人」だった。
その人柄を表すかのように、病室には入れ替わり立ち替わり警察関係者が見舞いに来ている。彼らの持ち寄る見舞いの品はいつ来ても新しいものが増えているし、花瓶には絶えず生花が生けられていた。

けれど私は、そんな見舞い客の1人にも会ってはいない。自ら意図して、会わないようにしていた。

この病室は基本、面会謝絶ということになっている。私から病院へ頼んでいる措置だが、この面会謝絶というのは「一切会えない」という意味ではない。
別に、いつ誰が来てもらっても構わない。ただし、私と鉢合わせをしないよう、面会日時を事前に知らせておいてもらうという意味だ。
月毎、病院から来る見舞い客の予定表に目を通して許可を出す。そんな日々が、いつの間にか3年も続いていた。

そんな中、警察関係者が決して来ない日が1日だけある。それが今日、12月24日。事件があった日。
事件からちょうど1年が経った、2年前のこの日。私が面会許可を出さなかったことで噂でも回ったのか、2年目以降、12月24日の面会希望を申請する者はいなくなった。

「父さん、母さん」

そうして今日も、病室には2人と私の3人だけ。脈拍を刻む機械音と、空調の音。それから私の声。
部屋は静寂に包まれていた。

ベッドに横たわる2人の頬は、初めの頃より痩けた気がする。この3年、点滴のみに栄養補給を頼っていることの影響だろう。
腕から伸びるその点滴のチューブ。口元には酸素マスク。体に貼られた電極と、ベッド脇のモニター心電図。

3年間、ずっと変わらない景色。そしてこれからも、決して変わることのない景色。
2つのベッドの間に椅子を置いて。そこから部屋を眺める自分の行動も、いつもと同じそれだった。


午後9時。面会時間はとっくに過ぎ、病院は既に消灯時間。私は漸く思い腰を上げ、父と母の眠る病室を後にした。

病室の窓から見えていた色と同じく、玄関から出た先は闇の世界だった。
先日冬至を過ぎ日が長くなり始めたとはいえ、冬のこの時間は真っ暗だ。そして当然、夜は冷え込みも激しい。
早く帰ろう。そう思って一歩を踏み出せば、暗がりの中、携帯片手に佇む影を見つけた。

「今日は帰らないのかと思ったぜ」

私に気づくなりそう言って来たのは松田だ。スーツでなく私服であるところを見るに、今日は非番だったのだろうか。この時間なら、一度帰宅して着替えてきたとも考えられるが。
そんなことより、だ。「今日は」帰らないと、今、松田はそう言った。

「……プライバシーも何も、あったものじゃないわね」

つまり、彼は知っているのだ。私が今日、この場所にいる理由も。3年前の今日、何が起きたのかも。
それを知り、その上でこんな時間まで待っていたというのか。

「勝手に調べたことは悪いと思ってる」

敢えて視線を逸らさずに言われた。その目には確かに、謝罪の色がある。

「……情報源は?」
「昼間カフェに行ったら、風子さんが心配そうにしててな。で、刑事部の同期とデータベース漁ってきた」
「……そう、」

……そうか、風子さんが。佐倉夫妻には、今日が両親の命日だと伝えてある。それを聞いた松田が警視庁で調べ、ここへ来た。

「……風子さんたちには、死んだって言ってんだって?」

私が夫妻に吐いた、嘘を見抜いて。

「似たようなものだもの」
「……そうか」

父さんも母さんも、息をして、心臓が動いている。それを「生」の定義だとするならば、確かに生きていると言うのだろうけど……あんな状態、死んでいるも同義だ。

「ほら」
「何よこれ」

唐突に松田が差し出してきたのは、小さめの紙袋だった。丁寧にリボンのワンポイントまで付けられている。

「俺とハギからの誕生日プレゼント。考えとけって言ったろ? まあ、勝手に選んじまったけどな」
「……まさか、この為にこんな時間まで?」
「ああ。今日じゃねえと意味ねえだろ? だからお前を待ってた」

開けてみろよ。そう言って松田から渡された、紙袋の中身。
それは青いボディの、ワイヤレスイヤホンだった。物を見れば何となくでも分かる。これはそこそこ高性能で高価な品だ。

「イヤホン?」
「ああ。イヤホン自体はハギから。で、特別機能は俺からだ」
「……特別機能?」

松田曰く、私の聴覚が人より優れていることに気付いた萩原が、耳を休める時間を作れるようにとイヤホンを選んだらしい。そして、松田がそのイヤホンに細工をした。
パッケージの写真にはないボタンが1つ、追加されている。

「いくら高性能っつっても限界はある。だからちょいと弄らせてもらった。そのボタンを押してみろ」
「! 音が、聞こえない……?」
「だろ? 俺はあいつみたいに気の利いたプレゼントは選べねえが、メカの強さには自信がある。正真正銘、世界に1つしかねえ完全遮音イヤホンだ」

まさか、萩原が私の聴覚のことに気づいていたなんて。普通のイヤホンでは到底不可能な機能を、松田が自らの技術で実現してくるなんて。
思いがけないそれは、両親が眠りに就いたことでなくなっていた、4年振りの誕生日プレゼントだった。

「ねえ、」
「あ?」
「……ありがとう」
「ああ」



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