夢卜アレキサンドライト

□あの日の事実
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──『警察官夫婦刺傷事件』

「……松田、これじゃないか」
「ああ」

伊達が示したその記録は、「被害者死亡」という点以外の全てが条件に一致していた。そしてその中に綴られていたのは、当時中学生だった筈の彼女には凄惨過ぎる内容。記録として読んでいるだけの俺たちにも、その惨状を想像できるほどだった。

12月24日午後4時頃、米花町に住む水島誠さんの自宅に元川克樹(もとがわ かつき)被疑者ら複数の男が侵入。自宅にいた誠さんと妻の琴子さんは、元川被疑者らが持っていた鋭利な刃物で複数回刺され重傷を負った。
誠さんと琴子さんは共に現役の警察官であり、元川被疑者は以前、誠さんにより逮捕・収監されている。今回の事件では、1週間ほど前に出所した元川被疑者が仲間を集め、誠さんへの逆恨みから犯行に及んだものと思われる。
しかし元川被疑者は、共に侵入した男たちを現場で全員殺害。自らもその場で命を絶っており、明確な犯行動機は不明である。
その後、異変に気付いた近隣住民の通報により事件が発覚。事件前後に帰宅したと思われる夫妻の一人娘が意識を失い倒れているところを発見されるが、こちらは外傷は見られなかった。重傷を負った夫妻は奇跡的に一命を取り留めたものの、予断を許さない状態が続いている。


警視庁にある記録には、そう事件の内容が記されていた。

12月24日は朱音の誕生日。平日の昼間に警察官夫婦が自宅にいたのは、おそらく一人娘の誕生日を祝おうと帰宅を待っていたからだ。
そしてきっと、朱音もそれを期待して学校を出たことだろう。まさか、両親が刃物で刺され重傷を負っているなんて想像すらせずに。

朱音は帰宅した時、その現場を見たのだろうか。傷だらけで倒れる両親と、事切れた男たちと、自ら命を絶っている男の姿を。
それだけの人間が刃物で刺されているのだ。壁に滴り、床に溜まり、部屋中に飛び散った血痕の量も普通ではなかっただろう。

狂気に染まった赤い部屋を見て、彼女は何を思っただろうか。

「……聞いても良いか、」

俺も伊達も、その文面を前にしばらく言葉が出なかった。何と言って良いのか、何を言うべきなのか、それが分からなかったから。
その、永遠にも思えるほどの沈黙を破ったのは伊達だった。

「ああ」
「何で、この事件を調べたんだ?」
「……もしまだ犯人が捕まってないなら、俺がとっ捕まえてやろうと思った」

そう、俺が犯人を。爆発物処理班ではあるが、警察官として。捕まえて、朱音の心を少しでも軽くできればと思った。
思った、のに──。

「なのに、犯人は自殺かよ。ざけんな」

これでは、彼女の憤りや嘆きの行く先がない。他人を傷つけておいて自分は死に逃げるなんざ、最低の野郎のすることだ。
周りの意識がこちらに向いていないかを確認し、伊達の耳元に顔を寄せ声を落とす。伝えるか迷ったが、伊達にはこれを言っておきたい。

「……これは、俺と萩原だけが知ってることだが、」
「? ああ」
「この一人娘ってのが、先月、萩原を救ってくれた恩人だ」
「何?」
「……あいつがいなきゃ、萩原は確実に吹っ飛んでた」

未だにそのやり方は聞けていないが、とにかく朱音のおかげであることに間違いはない。

「そう、か。そうか……」

伊達は目を瞑って、噛み締めるようにそう言った。そんな伊達に近づく一つの影。

「伊達君、何か調べものかね?」
「目暮警部。ええ。少し、気になることがありまして」
「そうか。ん? 彼は……」

目暮警部とやらの意識が俺に向く。まあ確かに、管轄外の部署にいる私服の俺は場違いだろう。

「自分の同期です。非番なのに、わざわざ会いに来てくれたんですよ」
「警備部機動捜査隊爆発物処理班、松田です」
「おお! 君が松田君か! 処理班のエースと聞いてるよ。先月も大活躍だったらしいじゃないか」
「ありがとうございます」

先月といえば、やはり萩原と1つずつ解体に当たった例の連続爆破事件のこと。萩原たちの奇跡的な生還もあって、警視庁内でその話を知らない奴はいない。
目暮警部はそのまま伊達が表示したままの事件記録を見て、そして先程までとは一転、その表情を曇らせた。

「そうか、そういえば今日だったな。もう3年になるのか……」

言いながら、視線は壁際にかけられたカレンダーに向いていた。今年も最後の1枚となったそれの、24の数字を見ているのだろう。
伊達が警部に問う。

「この事件のこと、ご存知なんですか?」
「ああ、私も担当した1人だったよ。2人共、実に優秀な刑事で……何より、誰にでも優しく温かく、懐の広い人だった。相手がどんな凶悪犯でも、その姿勢が変わらんほどにな」
「……今、2人は……?」
「……あれから意識が戻らず、東都警察病院に入院している」
「3年間ずっとですか?」
「ああ。私も時折見舞いに行くが、中々難しいらしくてな……」
「そうですか……」

水島夫妻のことを話す伊達と目暮警部の声が、どこか遠くに聞こえていた。

朱音は今日を「両親の命日」と言ったと風子さんは言う。実際には、2人は生きているにも関わらず。
3年も目覚めないから諦めたのか。もう、2人はいないものとして新たな生活しているということなのか。

俺には正解はわからなかったが、1つだけ。朱音が、過去の俺と同じような思いを抱いているのかもしれないという可能性だけは理解した。



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