夢卜アレキサンドライト

□今日という日
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12月24日。ついにこの日がやって来た。
街はどこもかしこもクリスマス一色。café sakuraでもクリスマスケーキなどの予約を行っていたらしく、朱音が時折客からの注文を受けていた。
その混雑が落ち着いているだろう頃合いを見計らい、朱音に会うべくカフェへと向かう。

「いらっしゃいませ。こんにちは、松田君」
「どうも。朱音は……もう上がりですか?」

店内に入ると風子さんが声をかけてくれる。けれど、見回してみても長い黒髪の姿はどこにもなかった。

「朱音ちゃんなら今日はお休みよ?」
「休み?」
「ええ。……もしかして、お約束してたのかしら、」

風子さんが視線をやるのは、俺の手から下げられた小ぶりの紙袋。クリスマスプレゼントも兼ねてはいるが、一応これは誕生日プレゼントである。
風子さんがそれを知っているかは分からないが、それでも、今日という日にリボンの付いた紙袋……これで察せられないという方がどうかしているだろう。

「あー……まあ、一応……」

誕生日が今日だと知った時、プレゼントを贈るから欲しいものを考えておくよう言った。明確な約束はしていなかったけれど、まあ、約束と言えなくもないだろう。

「そう……朱音ちゃんにしては珍しいこともあるのね。口止めされてるわけでもないし、刑事さんだし……松田君になら、話しても良いかしら?」
「今日、何かあるんですか?」
「ええ」

風子さんは俺の方へ近づき、少し声を落とす。その表情も明るいとは言えず、街の雰囲気から乖離していた。

「……実は、朱音ちゃんのご両親の、命日だそうなの」

命日。それも、両親の。
それは、想像以上に重い響きだった。思わず「命日」という単語の意味を考えるという、現実逃避を始めたくなるほどには。

「彼女は、まだ高校生でしょう」

それなのに、もう両親との別れを終えているのか。信じられなかった。

「ええ。朱音ちゃんを採用した時、ご両親に同意書をお願いしたらそう言われて……念のため自宅へ行ったのだけど、随分前から一人暮らししている様子だったわ」
「2人は、いつ頃?」
「3年前よ」

殺されたの、ですって。2人共。
最後にそう語る風子さんの顔は、俯いていて良く見えなかった。

「……ありがとうございます。お邪魔しました」

風子さんに礼を言ってカフェを後にする。当然、左手の紙袋はそのままだった。
風子さんも耕市さんも、今日、朱音がどこで何をしているかは知らないと言っていた。まあ、普通に考えて。昼間墓参りに行き、夕方には家へ帰っているだろう。

まだ時間も早い。このまま帰る気にもなれず、朱音の両親のことを調べようと非番であるにも関わらず警視庁へ向かった。


「伊達、今いいか」

調べ物をするなら、俺やハギの警備部より伊達のいる刑事部だ。今日も出勤だったらしい伊達を見つけて声をかける。

「松田? 構わないが……その格好、今日は非番じゃないのか?」
「ああ。ちょっと調べてえことがあってな」
「そうなのか」
「……3年前の今日、夫婦の殺害事件だ」
「! ……手伝おう」

協力を申し出てくれた伊達と共に、3年前の事件記録を漁る。日付が特定できている。加えて、被害者が夫婦であることも分かっている。捜索は、そう難しいことではないだろう。
けれど、そう思っていたのは最初だけで。3年前の12月24日。この日の殺人事件で「水島」という名の夫婦の記録は一切なかった。

「クソッ……何で見つからねえんだ」
「そうだな……水島、3年前の12月24日、夫婦の殺害。お前が言う条件は、どれも正しいんだろう?」
「ああ、その筈だ」

これだけ情報が揃っていて、何で見つけられねぇ。まさか、風子さんが俺に嘘を教えた……否、あの人の性格からしてありえない。彼女から聞いたことは、ほぼ間違いない筈だ。
なら、考えられるのは、朱音が佐倉夫妻に偽りを述べていた可能性。……それは、もしかしたらあるかもしれない。もちろん、彼女を疑うというわけではなく、だが。

「……何か、違うのかもしれねえ」
「そうか」

考えろ。今までの事実から、確実に言えることは何だ。

まず名前。彼女の名前は「水島 朱音」であるから、改名していなければ両親の名も「水島」で始まる筈だ。
次に日時。高校入学と同時に始めたというカフェのバイト。その同意書にサインができなかった両親。少なくとも、事件から1年9ヶ月は経っている。
最後に被害者と、事件の内容。殺害されたのは彼女の両親だから、被害者は夫婦で良い。

……待て。本当に、2人は「殺害」されたのだろうか。

「伊達」
「どうした?」
「名字は水島、1年9ヶ月以上前、被害者は夫婦。この条件で探してくれ」
「分かった」

そう言っていたのは朱音であり、朱音から話を聞いた佐倉夫妻。手がかりは、これだ。



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