夢卜アレキサンドライト
□彼女が聞く世界
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女子高生が喜ぶプレゼント。それが、ここ最近俺を悩ませている事柄だった。
萩原の命を救った少女──朱音の誕生日が12月24日、つまりクリスマスイブだと知ったのは12月も半ばになってからだった。あの時は「何か考えとけよ」なんて言ったものの、やはりプレゼントを渡すならサプライズだろうと言う萩原。その提案に乗り、俺たちはそれぞれプレゼントを考えていた。
けれど、女子高生へのプレゼントなんて思い当たるものがない。
「ハギ、」
「ん? おー、陣平ちゃん。どした?」
「朱音へのプレゼント、何にするか決めたか?」
「ま、一応な」
休憩中、萩原に話題を振ってみれば、案の定な答えが返ってきた。こいつは昔から人と距離を縮めるのが上手いし、プレゼントを送り合うなんて経験も多い。
ずっと頭を悩ませている俺には、分かってはいたもののダメージが大きかった。
「……何にしたんだ」
「あ、それ聞いちゃう?」
苦し紛れに問うと、笑い混じりに返ってくる声。茶化しているようでいて、この後ちゃんと答えてくれるのがハギだと言うことを俺は知っている。
「ワイヤレスのイヤホンにした」
「……イヤホン?」
ハギにしては意外なチョイスだった。こいつならもっとこう、女子高生が喜びそうなカラフルな小物やアクセサリーなんかを用意すると思ったからだ。
予想外の品に、つい聞き返してしまった。対して萩原は、俺の反応が予想通りだったのか笑いながら答える。
「そ、イヤホン。遮音性高めのやつ。意外か?」
「まあな」
その問いに素直に返せば、少し躊躇った後で萩原は話し出した。
「……朱音ちゃん、普通の人より耳が良いらしいんだわ」
「そうなのか」
「ああ。むしろ良すぎるくらい良い。カフェでの姿しか分からないけど、多分、あの空間の全ての音が聞こえてる」
耳が良い。それは、一般的に考えて良いことではないのか。
けれど萩原の様子を見るに、そうとはとても返せなかった。朱音が聞いている「全て」の音、とは。
「全て?」
「そう、全て。言葉の通り」
「……例えば、」
「客同士の会話、グラスを置く音、ページをめくる音、ペンを動かす音。とにかく全て聞こえてて……多分、その1つひとつをちゃんと認識してる」
「……あっちこっちの客の会話、全部一気に聞いてるってのか」
「多分ね」
比較的静かなカフェとは言え、そこそこの人気店。時間帯によっては満席だ。その喧騒の中、そんな小さな音の1つひとつを拾っているというのか。
萩原は、どこか少し遠くの方を見ながら言う。
「朱音ちゃんが声かけて来る時って、必ず一区切りついた時なんだよ。雑誌見ててもメール打ってても。最初はタイミング良いなって思ってたけど、毎回そうだと違和感がある。で、こっそり観察してたら気付いちゃったわけ。あの子は全てを聞いてて、客1人ひとりの邪魔にならないタイミングで動いてる」
そう、だっただろうか。
「オーダーだって、手が離せない時以外は呼ぼうと思ったら近くにいるしね。メニューをめくる音と会話を聞いてて、客が声をかけ易い位置に予め移動してるんだと思う」
「……言われて、みれば」
そう、だった気がする。
メールの返信が1件終わったタイミングでドリンクが届き、グラスが空いたタイミングでお代わりの確認に来る。会計をしようと席を立てば、必ず既にレジ前に朱音はいた。
「流石だな」
たった一月ほどで彼女の行動パターンを見抜いた洞察力。流石、コミュニケーション能力に優れた男といったところだろう。
「まあね。でもさ、そんなに色々聞こえてちゃ疲れるだろ?」
「なるほど、だからイヤホンか」
「そーゆーこと!」
耳が良すぎる彼女。その酷使し続けられた聴覚を、少しでも休められる時間を作れるのならば。
そう考えてハギが選んだのが、今回のワイヤレスイヤホンというわけだ。
俺は、何を渡そうか。
「……萩原、」
「ん?」
「そのイヤホン、しばらく貸してくれねえか」
「松田……何する気?」
俺は、たった今思い付いたアイデアを萩原に話した。
萩原のアイデアを盗むようで悪い気もするが、あいにく俺にはこいつのように気の効いた贈り物を選ぶことに慣れていない。
だが、そんな俺にも得意分野はある。これなら、物を贈れない俺にでもプレゼントにできると思った。
「なるほどね。ま、しょうがないか。なら明日持ってくるわ」
「悪いな」
「そう思うなら、俺のことも含めてちゃんと渡しとけよ。俺、24日仕事だから」
「ああ、分かった」
翌日、約束通り萩原からワイヤレスイヤホンを借り受けた。
命の恩人。あの事件のことを話す時、萩原は彼女をそう呼ぶ。そんな朱音への初の贈り物だからか、俺が想像していたより遥かに値の張る高性能なものだった。
これは俺も、気を引き締めなきゃならねぇな。