夢卜アレキサンドライト

□ルビー・ノエル
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12月半ばに入り、世間はすっかりクリスマスムードである。café sakuraでもそれは同じで、今月はフランボワーズを使った赤いブッシュ・ド・ノエルがショーケースに並んでいた。

「いらっしゃいませ」

カランと、入り口のドアベルが来店を知らせた。その音に扉の方を見もせずに応えれば、続けて、入り口付近にいた風子さんの嬉々とした声。

「あら、萩原君! 松田君も! こんにちは」
「こんにちはー」
「どうも」

最近──正確には先月の爆弾事件以降、良く顔を出すようになった2人組だった。珍しく、今日は揃っての来店である。

「今日は2人一緒なのね」
「ちょうど休みだったんで。朱音ちゃん借りても良いですか?」
「ええ、もちろんよ」

……風子さん、本人の許可は。
そうつっこみたいところではあったが、本当に楽しそうな風子さんの姿は、こちらに「まあ良いか」という気にさせる力を持っている。隣の耕市さんを見れば、その目は風子さんと同じように「行っておいで」と言っていた。

「オーダー取って来ます」

それだけ告げて、4人がけのテーブル席に座る2人の元へ。

「オーダーは?」
「ブレンド2つな」
「それは知ってる。そのほかよ」

いつも頼むブレンドコーヒーは当然カウントに入れていた。耕市さんの煎れるそれを、2人は気に入っているらしい。私も好きだ。
甘いものがあまり得意でないらしい松田の横で、萩原はケーキメニューを眺めていた。メニューの一番上、今月のおすすめとして載っているのは、もちろん赤いケーキ。

「これ、ブッシュ・ド・ノエル?」
「そう、クリスマスの定番。今年はフランボワーズを使った甘酸っぱいフレーバーなの」
「ふーん、じゃあ俺これも!」
「了解。……松田は?」
「いや、俺はいい」

2人のオーダーを聞いてカウンターへ戻る。すると既に、耕市さんはブレンドコーヒーの準備を始めていた。

「耕市さん。ブレンド2つ、お願いします」
「はいよ。朱音ちゃんはどうするんだい?」
「私は……ミルクティー、ください」
「わかった。砂糖抜き、ミルク多めな」
「はい」

客の好みを把握することに長けた耕市さんは、常連になるとその人にあった一手間を惜しまない人だった。それを、私にも適用してくれる。
ドリンクが出来上がるのを待つ間にショーケースからケーキを取り出す。萩原のルビー・ノエルと……自分用にも、1つ手に取った。

ドリンクとケーキを持って席へ戻る。外したエプロンを脇に置いて、私も2人のテーブルへ混ざった。
松田と萩原は仕事の話をしていたらしく、前回の出動先がどうのと言っている。
ここ、米花町は何故かやたらと事件発生率が高い。そして爆弾事件発生率も高い。母数が多くなるということは、彼ら爆発物処理班の出動回数も増えるということであった。

「そういやお前、いつ来てもいるよな。学校はどうした?」

私が席に着いた時、さも今気づいたと言わんばかりに松田がそう問うた。
確かに、私がいない日に彼らが来たと耕市さんや風子さんから聞いたことはない。たまたま私のシフトが入っている日に彼らが休みだったようだ。いや別に、報告が欲しいわけではないけれど……。

「あ、言われてみれば。朱音ちゃん学校どこ? この辺なら帝丹?」
「いいえ。東都桜スクールよ」

そういえば、彼らに私生活の話をするのは初めてかもしれない。

「東都桜スクール? 陣平ちゃん、知ってる?」
「いや、聞いたことねえな。米花町にあんのか?」
「ええ、米花駅の隣のビル。通信制だからあんまり知られてないのかもね」

私が通っているのは、東都桜スクールという通信制の高校。中学の出席日数が大幅に足りなかったこと、決められた課題をこなしさえすれば、自分で自由に時間を使えることでこの学校に決めた。

「通信制って、高校? あれ、朱音ちゃん今いくつだっけ?」
「16。今月末で17よ」
「今年17ってことは高2か。もっと上だと思ってた」
「失礼ね」

何なんだ松田は。私が老けて見えるとでも言いたいのか。これでも一応、そこらの人間よりは整った顔をしてる自信があるというのに。

「怒んないでよ。ほら、朱音ちゃんってしっかりしてるから」
「そういうこった」
「陣平ちゃんも、大人っぽいんだって素直に褒めてあげれば良いのに」

そう言って笑う萩原は、「今月末」と呟いてこちらを見た。閃いたといった顔をしている。

「今月末で17ってことは、誕生日ってことだよね?」
「そうだけど」
「何日?」
「24日」
「ちょうど良かった! 何か欲しいものない? お礼にプレゼントさせてよ」
「そうだな。俺たちで用意できるものなら……何か考えとけよ」

お礼、とは。この2人からの「礼」なら、十中八九萩原の命を救ったことだろう。

「私は別に……って、ちょっと!」

いらない。そう続けるより早く、2人は風子さんを呼びつけて会計を済まし、私の返事も聞かぬままカフェを出て行った。
仕方なく、一つ息を吐いてテーブルを片付ける。下げた食器を持ってカウンターへ戻り、その場にいた佐倉夫妻へ向き直る。

「……耕市さん、風子さん、」
「うん? 何だい?」
「私、今年も24日は休みます」
「そう……わかったわ。ご両親によろしくね」
「はい」

去年も同じように休みにした日、12月24日。今年もその日はバイトに来れない旨を伝え、またエプロンをして仕事に戻った。
世間がクリスマスイブで賑わうこの日は、私にとっても重要な一日である。



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