夢卜アレキサンドライト
□導き出した答え
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カフェを飛び出し、報道されていたマンションの方角へ走る。けれど、爆発物の件が報道されているからか、避難しようと向かいから来る人間の数が思っていた以上に多く進み難い。
目立つ行為は出来るだけ避けたいところだけれど……謎の夢には、助けに行けと再三言われているわけで。現場にたどり着かなければ何もできない。
背に腹はかえられないと、周囲に自分を注視している人間がいないことを確認して路地裏に入る。再度周囲を確認してから、足裏にオーラを集中させて地面を蹴り、一気にビルの屋上へ飛び上がった。
「あそこか」
屋上へ出て見渡してみれば、先程までの進行方向に高層マンションがいくつかある。その内の2棟は、周囲に警視庁のヘリを伴っていた。このビルからは、11時と、2時の方向。
100回近く見た夢の内容を思い出す。序盤に少しだけ流れるマンションの外観は……2時の方向にあるそれと同じだったはずだ。
「陰陽五行の万象要素、空中浮遊術」
空中戦闘用の念を発動する。地上は障害物となる人や建物が多く、高速移動には向かない。警視庁のヘリが飛んではいるが、今移動するなら上空を行くべきだろう。
爆発6秒前、犯人の遠隔操作によってタイマーは一時止められる。けれど、爆発したのが何時何分だったのか夢ではわからなかった。急いで行かなければ、到着前に爆発してしまう可能性もある。
2時の方向、ヘリを伴った1棟の高層マンションへと駆けた。
空気を踏みしめ、大勢を低めにして強く蹴り出す。隣りの景色が飛ぶように過ぎていく中、変わらない前方のマンションへ。
近くまで行くと、1階のエントランスから続々と住人たちが外へ避難しているところだった。
住人の避難が完了した頃、黒髪の青年が爆弾解体を始めた。その時には既にタイマーは止まっていて、間もなく動き出したそれが最初に表示したのが「6」の文字。
この人の流れが止まった時が、タイマーがその命を吹き返すその時だ。
見つからないよう細心の注意を払い、非常階段へ降り立つ。そこで「発」を解き、同時に「隠」で気配を消してゆく。
何階で爆発が起きたのかは分からなかったけれど、人の気配が集中している階に降りたから間違いはないはずだ。いつ動くか分からない爆弾の解体現場に、不要な人間の配置はしないだろう。
鍵がかかっていた非常口をこじ開け、マンションの内部へ。人の気配がある方へ進んでいけば、目の前が他より開けた空間になっていた。間違いない。最後、青年と警官たちが爆発から逃れようと駆けていた廊下である。
その奥、防護服を着込まずに座り込む黒髪の青年が見えた。夢で見たのと同じ顔、同じ背格好。彼が「萩原」。
「当マンションの住人、避難完了しました」
「りょーかい。んじゃまあ、ゆるゆるといきますか」
青年が立ち上がり、爆弾の解体を始めた。仕掛けの確認をしていく最中、夢と同じ、階下にいるであろう癖毛の青年からの着信音が鳴り響く。
「……松田、何の用だ?」
こんな時に、と言った表情で通話に出た萩原。夢と違い、電話の向こうの松田の声は私には聞こえない。
けれどその会話の内容は既に覚えてしまっている。防護服を着ずに解体に取り掛かっている萩原を、松田が諌めているところだ。
「おいおい、そうがなりなさんな。タイマーは止まってんだ──あんな暑っ苦しいもん着てられっか── ま、そん時は仇取ってくれよ」
ここだ、と思った。
萩原にとってはいつもの軽口だっただろう言葉が、現実として襲ってくる瞬間。タイマーが、再び動き出す。
「みんな逃げろ! タイマーが生き返った!」
幾度となく聞いた切羽詰まった萩原の声が、私の体を突き動かす起爆剤となる。
3桁以上体感してきた、永遠にも感じる「6秒間」が始まった。
──6、……5、
廊下の向こうからこちらへと駆けてくる萩原と警官たち。私は非常階段から、彼らの更に向こうへと逆走する。もちろん、可能な限り気配を消し、姿勢を低くして。死が目前に迫る彼らに他人のことなんて気にする余裕はないだろうけれど、それでも。
──……4、
萩原たちとすれ違い、彼らと爆弾の間に立つ。ここから、結局今日まで答えを見つけられなかった問題の解答が始まる。
彼らを助けるだけではダメ。より自然に、けれど確実に。
──……3、
「陰陽五行の万象要素、木々の束縛」
まず、「木」の能力を発動する。
具現化した植物の蔓で、廊下に連なる扉を次々と開けて行く。続いて蔓を硬化させ、窓ガラスを割る準備をする。
大した細工にはならないだろうが、何もないまっさらな廊下で爆風が届かないよりはマシだろう。
──……2、
「炎熱の境界線」
そして、続けて「火」の能力を。
私の能力は5種類。一度に発動できる能力数やその最大出力には制限があり、各能力同士の相性により左右される。
より確実に彼らを救うため、炎熱の境界線の最大出力で爆発を迎え打つ。
──……1、
蔓で窓ガラスをぶち破る。最大出力の炎の壁で私自身を覆い、背後の青年たちへも届かないよう範囲を広げた。
何度、夢の中でこの光景を見ただろう。何度、この熱と風をこの身に浴びただろう。
──……0
それも、今日この時で終わるのだ。