夢卜アレキサンドライト

□変化し出した結末
1ページ/1ページ


「みんな逃げろ! タイマーが生き返った!」

もうすっかりおなじみとなった、爆弾の再起動を警告する青年の叫び声。一瞬の間を空けて、青年が、周囲の警官が、爆弾のあるそことは反対側を目指して駆けていく。
そんな中、彼らに見えないのを良いことにその横を通り過ぎ、また一歩爆弾へと近づいた。最後尾の警官が自分の後ろへと移動したのを合図に、これもおなじみとなった炎熱の境界線(バウンダリー)を展開する。
今回が今までのそれと一つだけ違うのは、私自身を囲うように配置していないという点だ。自分の前、そこに、まるで防火シャッターで廊下を塞ぐが如く防壁を広げる。私自身はもちろん、後方の彼らにも爆発の影響が行かないように。

タイマーが「0」を示し、辺りが炎と黒煙に包まれる。しかし防壁に守られ、私の前からこちらへそれらが届くことはなかった。


「……またこれか」

目が覚める。
私の行動如何に寄らず、やはり爆発をもって夢は区切りを迎えるようだった。

あの青年は、警察官たちは、果たして無事に生き延びられたのだろうか。
日々見続ける夢はそろそろ3桁に突入しようかというところで、それだけの回数爆発に巻き込まれるところを見ていればさすがに少なからず情も湧き、そんなことを考えていた。

そして、変化が起こったのはこの時からだった。
毎日何回と見ていたマンション爆破の夢が、その日は1回しか再生されなかったのである。

次の日以降も気まぐれに青年たちを守ってみると、その夜は決まって1回だけだった。その代わりか、自分だけを守るよう動いた日には、必ず次の夢が待っている。
まるで青年を守ることが正解で、私が取るべき行動であると示しているかのように、彼らを守るまで夢は繰り返されるのだ。

ただし、夢自体を見なくなるわけではなかった。
夢そのものは1日1回は再生される。青年を守ることで2回目がないというだけで、その行動に夢を見なくなるまでの効果はないらしい。

「彼らを助ける必要はある。が、そのやり方に問題がある、ってところかな……」

正解か不正解かと問われれば正解。けれど、完答にまでは至っていないという夢からの意思表示。
夢などというものにここまで悩まされる日が来ようとは、今まで思ってもみなかった。

あの爆弾には、間違いなくフロアごと吹き飛ばすほどの威力がある。夢の話ではあるけれど……私が助けなければ、あの場の警察官に生きていられる者はいないだろう。否、まずいないと言い切れる。


──臨時ニュースをお伝えします

そして、彼らを助けに行かなければならないその日は、突如として訪れた。

月が変わった11月の7日。遅めの昼休みを取っていた午後、休憩室のテレビから聞こえたアナウンサーの声に緊迫感が広がった。

──先程入った情報によりますと、都内の2ヶ所のマンションに爆発物が仕掛けられたとのことです。犯人は警察に声明を発表、爆弾解除の条件として10億円を要求しました。警視庁は「住民の安全確保が最優先である」とし、犯人側の要求に応じる構えです

アナウンサーの声が、どこか遠くに聞こえた。それなのに、その声以外の音が耳に入って来ない。
直感的に理解した。これだ、と思った。私が見た夢の瞬間が、今まさに始まろうとしている。

──なお、爆発物が仕掛けられたマンションは都内の別々の場所にあり、ご覧の2棟だということです

アナウンサーから、マンションの外観を写した写真に映像が切り替わる。長髪の青年がいたのは……間違いない、右のマンション。
ここからあまり離れてない。この距離なら、バイクに乗るより走った方が小回りがきく。

「耕市さん! 風子さん! 少し出かけてきます!」
「……え? ちょっと、朱音ちゃん!?」

何時何分に爆発したのかがわからない現状、考えている暇はなかった。着の身着のまま、2人の返事を待つことなく叫びながら走り出す。

助ける義理なんて、ないのに。

考えるより先に動いていく体に、思考の冷静な部分がそう言った気もした。「そうだね」と自嘲しながらも、私の足は止まらなかった。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ