夢卜アレキサンドライト

□繰り返される悪夢
1ページ/1ページ


「みんな逃げろ! タイマーが生き返った!」

爆弾に取り付けられた黒いモニターに、6秒前を示す赤い数字が浮かび上がる。それに気づいて周りの警官に逃げるよう促す青年と、駆け出す警官たち。視界の端には、マンションの下から電話の向こうへ訝しげに声をかける青年の姿もあった。
タイマーが0になる前に念の炎で己を守る。辺りが黒い煙と熱風に包まれ、私の意識は浮上する。


また、この夢。
ここ1週間、毎日同じ夢を見る。マンションの住人が避難したところから始まり、爆発と共に終わり、目覚める夢。
この夢はたちが悪い。特に、嫌にリアルだというところと、繰り返し見るというところ。

2回目に見た時から夢の中でも夢と認識できるようになり、爆発したところで害はないとわかった。けれど、1度炎熱の境界線(バウンダリー)を使わなかった時、思いのほか熱風に当てられた。
本当に爆発現場にいて、自分がそれに巻き込まれたと感じるほどに。全身が熱く、酸素が奪われて呼吸が困難になり、熱で喉は焼けるようだった。
次の瞬間には目覚めているとは言え、あれはできれば遠慮したい。

そして何より厄介なのは、毎晩繰り返されることだ。それも、1度ではない。
夢を見て目覚め、眠り、また夢を見て目覚める。それを一晩中繰り返すのだ。1回にかかる時間はその時によってばらつきがあるが、大抵5周以上して朝を迎える。
前世から眠りは浅い方だが、最近のこれには流石に頭を悩ませている。
どうやったらこの夢を見なくなるのか。到底解決しそうもない問題を前に、それでも眠るしか選択肢はなく、再び目覚めることを覚悟して眠りにつく日々を送っていた。


「おはようございます」
「あら、おはよう朱音ちゃん。……最近ずっと眠そうねえ。また眠れていないの?」

バイトとして入っているカフェに昼前から顔を出すと、店長夫妻に心配そうな顔を向けられた。倒れるほどではないが、ここのところ睡眠不足で普段よりは顔色が悪い自覚はある。

「ご覧の通り。でも、仕事に影響は出しませんよ」
「そう……無理はしないでね」
「はい」

まだ心配そうな2人を横目に、髪を纏めてエプロンを着けた。

ここは米花町、café sakura。
駅前から少し歩き、一本横道へ入ったところにある。佐倉夫妻が経営し、旦那さんがコーヒー中心にドリンクを、奥さんが軽食とデザートを提供している。高校への進学が決まった後、オープニングスタッフ募集のチラシを見て声をかけたのはもう1年半も前の話だ。
昔から夫婦で店を開くのが夢だったという2人の店は、駅前の好立地でありながら落ち着きがあり、今では平日でも人が絶えない人気店である。最も、ネット上での宣伝には私の方でだいぶ力を入れさせてもらったが。

「ねえ朱音ちゃん。来月からの新メニュー、何がいいかしら?」
「何だ、今回も朱音ちゃんに聞くのかい?」
「だって、どうせなら朱音ちゃんにも喜んでもらいたいでしょう?」
「そりゃあそうだが……」

店の看板をopenに変えようかという頃。
ワクワクと少女のような顔で話しかけてくる風子さん。それに咎めるような声を上げた耕市さんだが、笑顔の風子さんに二の句は継げないようだった。
そんな2人の微笑ましいやりとりに笑って答える。

「私は構いませんよ。11月ならリンゴ……いえ、ラフランスはどうですか? 」
「ラフランス! 良いわねえ、使ってみましょうか。生クリームとも合うだろうし……秋っぽく、ココアスポンジを使ったショートケーキなんてどうかしら」
「良いと思います」
「ラフランスか。なら、さっそく試作用に手配してみるかね」

耕市さんが馴染みの業者にラフランスの発注をしに行く。その様子を見送って、風子さんは楽しそうにレシピを考え始めた。
ここにいると、寝付きを悪くする夢のことなど忘れていられる。この場所には、それほどに穏やかな時間が流れていた。

かと言って、夢を見なくなることはなかった。その夢に変化が起きたのは、見始めて半月は経った頃。
ふと、本当にふと思い立って、あの長髪の青年にも念を向けてからだった。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ